■「これ、内乱ではないか?」
「12・12反乱」の夜だった。
崔圭夏大統領の指示で内閣改造案をまとめた申鉉碻総理は午後8時ごろ、三清洞の総理公邸へと向かった。崔大統領はまだ青瓦台に入らず、総理公邸にいた。それで、申総理は自宅から通勤していた[1979年10月26日、朴正煕大統領が暗殺されると、憲法の規定により国務総理の崔圭夏が即座に大統領権限代行に就任。12月6日、旧憲法に基づく間接選挙で大統領に選出されていた]。
崔大統領と申総理が組閣の話し合いを終えようとしていた矢先、全斗煥合同捜査本部長(保安司令官)が「大統領に決裁をいただくことがある」と言って入ってきた。黄永時(第1軍団長)、車圭憲(首都軍団長)、兪学聖(軍需次官補)、朴煕道(第1空挺旅団長)が軍服姿で、ぞろぞろと押しかけるさまは、まさに武力示威そのものだった。
▽申鉉碻総理が抵抗
「何の決裁ですか?」
「鄭昇和参謀総長逮捕の件です」
申鉉碻がすっくと立ち上がった。
「全本部長、正気ですか? 上官の鄭総長を逮捕するというのですか?」
「朴大統領殺害事件に結末をつけるうえで、やむを得ないことです。逮捕班が出動したので、いまごろはもう終わっているでしょう。遅れましたが、ここにサインしてください」
「どうして、事前の決裁も受けずに、こうなんですか。問題を起こしておいてから、事後に決裁を受けたいなんて、話になるとでも思っているのか」
二人は押し問答し、激しく言い争った。崔圭夏大統領が一言いった。
「国防部長官の決済もない。手続きを無視して、まず、連行から始めるなんて…。本末転倒にも、程があるというものです」
この時以来、秘書室から、ただならぬ報告が入り始めた。
「国防部で銃撃戦が繰り広げられ、ソウル市内某所を○○部隊が占領しました!」
崔大統領と申総理はその間、軍部でこのような反乱の芽が育っていようとは夢にも思わなかった。
「10・26」の朴正煕大統領暗殺現場から50メートルほど離れた別棟に鄭昇和参謀総長が呼ばれていたのは事実だ。しかし、軍部や外国勢力がそこに介入していなかったことは、すでに明らかになっているのではないのか。
▽参謀総長公邸で銃撃戦
申鉉碻総理が崔大統領に向かって言った。
「このままでは大変なことになります。絶対に決済されてはなりません。ところで、おまえたち、国防部長官の決済はどうしてないのだ?」(申鉉碻)
「いま、連絡が取れません。どこにおられるのか、分かりません」(全斗煥)
全斗煥は、国防部長官の決裁がなくても大統領に直接報告して承認を得た前例も多い、と言い逃れた。1950年代、自由党政権時代に特務隊長の金昌龍が李承晩大統領に、さらに70年代には保安司令官の姜昌成が朴正煕大統領に、それぞれ長官を飛び越えて報告し実行に移してきた、と詭弁を並べ立てた。事を起こしてしまったからには、決裁を受けなければならなかった。すでに漢南洞の参謀総長公邸では銃撃戦が繰り広げられ、流血の事態となっていた。崔大統領もまた、そんなクーデター組の将官たちの腹の内を見抜いていた。
▽「北が攻め込んできたら…」
「いま、状況はどうなっているんだ?」(申)
「鄭昇和総長はすでに逮捕されていますが、陸軍本部の指揮部で反発が起きているようです」(全)
「反発だと? 状況をありのままに報告しなさい」(申)
「鄭総長が逮捕されたので、陸軍指揮部で抵抗が生じました。それを鎮圧するために、わが方の首都警備司令部と第9師団がすでにソウルに入りました。陸軍本部では銃撃戦がおこなわれています」(全)
「これは内乱ではないか。こんなことをしていて北朝鮮が攻め込んで来たりでもしたら、どうするつもりなんだ」(申)
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| 「12・12反乱」で出動した戦車 |
申鉉碻は、崔大統領と二言三言ことばを交わしたあと、○○師団を電話で呼び出すよう命じた。
師団長はソウルに向かっている途中だという。
「どうして事前承認もなく移動しているんだ。ここに大統領閣下が、わたしの横に座っておられる。国軍統帥権者の指示もなく、どうして動くんだ。元の部隊に戻れ! これは大統領の命令だ。即刻、戻れ」
それでも、部隊は景福宮に置いた第30警備団の反乱指揮部の指示通り、ソウルに入って来ていた。
申総理が反乱軍の出動を阻止しようとしていたその間に、反乱を制圧すべき陸軍本部側の兵力動員は国防長官の盧載鉉によって制止されてしまう。
▽反乱軍を「容認」
国防長官の盧載鉉は午前零時ごろ、合同参謀本部本部長の文洪球に、こう指示した。
「全斗煥と電話で話したが、鄭昇和将軍を逮捕するだけで、ほかに何の目的もない。今後も軍内部に変化はないはずだから、安心しろ。首都警備司令部の中にいる将軍たちにもうまく話して、興奮しないようにさせろ。景福宮の第30警備団にいる黄永時、兪学聖、車圭憲将軍らも皆、道理の分からない人間ではないのだから、静かに事を処理するようにしなさい」
合同参謀会議議長の金鍾煥、中央情報部長の李熺性からも同じような電話が来た。
「兵力の出動はしなかっただろうね?」
しかし、この時刻、決起部隊は、第1空挺旅団をはじめ、次々とソウル市内に入って来ていた。
陸軍本部側の敗色が濃くなっていた。
▽首都警備司令官らの抵抗
首都警備司令官の張泰玩は、戦車何台かを動員して西氷庫[保安司令部捜査分室があった]の鄭昇和総長を救出しようと試みたが、無駄だった。戦車長や操縦士らは、司令官の命令だと言っても、言うことを聞かないというのだ。配下の第30警備団長である張世東に「すぐに来い」と命令しても「行けない」と抗命するのだった。「ハナ会」の結束が、軍の命令系統を破壊していたのである。
張泰玩は、陸軍特戦司令官の鄭柄宙にも電話をしてみた。
特戦司令部の1個大隊の兵力だけでも、首都警備司令部に送ってもらえないか、と聞いた。しかし鄭柄宙も「(部下たちが)決起軍に取り込まれてみな、部隊を離脱していて言うことを聞かないので自信がない」という。鄭柄宙はその直後、部下の崔世昌が率いる第3空挺旅団員のM16小銃に撃たれ、腹部貫通傷を負って倒れた(目を開けて見ると、順天郷病院だった)。かれの秘書室長だった金五郎少佐は反乱軍によって射殺された。
▽ごみ箱に隠れた国防長官
国防長官の盧載鉉は、全斗煥が計算した通り、反乱軍の側についた。
盧載鉉は「12・12」の夜10時ごろ、全斗煥と電話で話した。
その際、盧は全斗煥を通して緊迫した状況を把握した。しかし、陸軍本部系統(鄭昇和側)と反乱軍の武力衝突の真っ最中で、巻き込まれて撃たれないかと急に怖じ気づいた。盧載鉉は午前1時、第1空挺旅団と国防部の屋上にいた首都警備司令部の兵力との間で起きた銃撃戦の音に怯え、国防部庁舎の地下1階にある薄暗い階段に身を潜めていた(保安司令部の実力者の一人によると、階段下のごみ箱の中だった、という)。
そのまま、なんと午前3時ごろまで隠れていて、捜索兵に見つかると、「わたしだ、国防長官だ」と言って、ひょっこりと首を出した。
▽反乱を追認
12月13日午前3時ごろ、絶望に陥った張泰玩首都警備司令官に盧載鉉長官が電話をかけてきて、こう言った。隠れていた長官にしては、堂々としていた。
「おい、張泰玩! おまえ、どうして戦うことばかり考えるんだ。言葉で解決しろ、言葉で…。血を流してはいけない、というんだ」
「血を流すも何も、もう、終わりかけています。指示を出してください」
「兵力を撤収させ、終わらせるようにしろ」
張泰玩は記録を残している。
「漢南洞の参謀総長公邸で銃撃戦が始まってから8時間も姿を見せなかった盧長官が、戦勢が合同捜査本部(反乱軍)側に完全に傾いたあとになってようやく現れ、『中止』の命令を出したのだ。かれの真意に疑問がわき、はらわたが煮えくり返るような痛みを感じた」
それより前、盧載鉉長官は、陸軍参謀次長の尹誠敏が鄭昇和総長に代わって指揮権者となり、反乱軍に対抗しようとすると、その尹に命じていた。
「各部隊を掌握し、絶対に動けないようにしろ。兵力の出動は、あってはならない」
第3軍司令官の李建栄中将[非ハナ会。反乱成功後、強制的に予備役に編入された]にも同じような指示を出していた。
▽騙し討ち
こうなる直前、参謀次長の尹誠敏は、(「ハナ会」とは繋がりのない、短期の幹部候補生教育を受けた甲種出身の)尹興起旅団長が率いる第9空挺旅団に出動を命じていた。この第9空挺旅団が出動すると、反乱軍の指揮部は驚愕した。もし、第9空挺旅団が、反乱軍の第1空挺旅団よりも先にソウルに着いたとしたら、大きな衝突と銃撃戦が予想されたからだ。
この時、尹誠敏は盧載鉉長官と兪学聖からの電話を受け、ソウルに向かっていた第9空挺に引き返しを命じる。
事態を円満に解決するため、双方の部隊が原隊に引き返すと約束し合ったというのだった。この約束にしたがって第9空挺旅団は引き返した。ところが、朴煕道の第1空挺旅団はこの約束に背いて出動し、陸軍本部と国防部を占領してしまった。張泰玩や文洪球ら鄭昇和総長側の勢力は、完全に騙し討ちに遭ったというわけだった。
午前零時が過ぎ、第1、3、5の各空挺旅団のほかにも、第9師団第29連隊など決起部隊が続々とソウルに入ってきているとの報告が陸軍本部に入ってきた。安鍾勲将軍[当時の陸軍本部軍需参謀部長]は、こう言った。
「これは綿密に計画されたクーデターだ。こちらはもう、お手上げだ」
通信傍受系統を握っていた保安司令部の全斗煥一味は、陸軍本部の動きを手に取るように掌握しながら反乱軍を出動させ、クーデターを成功させた。そのような反乱軍に協力した金鍾換(合同参謀議長)はその後、内務部長官に、そして李喜性(中央情報部長)は陸軍参謀総長に、それぞれ栄転していった。反乱軍を助けた見返りであり、論功行賞だった。
訳:波佐場 清

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