2020年8月16日日曜日

文在寅大統領と安倍首相の落差/「8・15演説」

8月15日、文在寅大統領の「光復節」演説と安倍晋三首相の「戦没者追悼式」式辞をインターネットとテレビのライブ中継で立て続けに見た。双方の歴史認識の違いを改めて確認するとともに、今回とくに感じたのは、国家と個人の関係についての考え方で双方に大きな落差があるという点だった。

■「国家は個人のために存在する」
午前10時過ぎ、ソウルで文大統領の演説が始まった。次のような部分が印象に残った。
青瓦台HP 8月15日、ソウルの東大門デザインプラザで開かれた光復節慶祝式典で「愛国志士」を迎える文在寅大統領
「本日、75回目の光復節を迎えて思うのは国民ひとり一人の光復がなされたのか、ということです。個人が国のために存在するのではなく、個人の人間らしい生き方を保障するために国があるということを考えます。基本的人権の保障を定めた憲法10条の時代です。それが私たちの政府がめざす目標です」

大韓民国憲法第10条はつぎのようにうたっている。

<すべての国民は人間としての尊厳と価値を有し、幸福を追求する権利を持つ。国家は個人が持つ不可侵の基本的人権を確認し、これを保障する義務を持つ>

大統領はここから、日本との間の元徴用工訴訟の問題につなげていった。

「大法院(最高裁)は1965年の韓日請求権協定の有効性を認める一方で、個人の『不法行為賠償請求権』は消滅していないと判断しました。大法院の判決は大韓民国の領土内で最高の法的権威と執行力を持っています。政府は司法府の判決を尊重し、被害者が同意できる円満な解決策を日本政府と協議してきました。いまも話し合いの窓口はそのまま開かれています」

さらに、日本政府が事実上の報復措置として取った韓国向け輸出規制に関し、一人の元徴用工被害者のことを具体的に取り上げて次のように述べた。
青瓦台HP 8月15日、光復節の式典で演説する文在寅大統領

「(日本製鉄を相手取っていっしょに訴訟を起こした4人の原告うちの)唯一の生存者である李春植さんは去年、日本の輸出規制が始まったとき、『私のせいで韓国が損害を被ってしまうのではないか』と言われた。私たちは一人の個人の尊厳を守ることが決して国の損害にはならないという事実を確認しておきたいと思います」

■国家は見えても個人が見えない
一方、東京の日本武道館での安倍首相の式辞。16日付の朝日新聞で改めて確認できたのだが、昨年まで繰り返し用いてきた「歴史」という文言が消えていた。アジアの近隣諸国への加害責任には今年も言及しなかった。代わって「積極的平和主義」が初めて登場してきた。

全文を読み返してみる。
「あの苛烈を極めた先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、遠い異郷の地にあって、亡くなられた方々。……今、すべての御霊の御前にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます」

「今日、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、終戦から75年を迎えた今も、私たちは決して忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます」

それらしい言葉が並んでいるが、どこか空々しい。そう感じるのは、文在寅大統領の演説に私自身、つい、引き込まれすぎたせいなのか、どうか。

「我が国は、積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携えながら、世界が直面している様々な課題の解決に、これまで以上に役割を果たす決意です。現下の新型コロナウイルス感染症を乗り越え、今を生きる世代、明日を生きる世代のために、この国の未来を切り拓いてまいります」

ここからは、国家は見えも、個人は見えてこない。

■「大津事件」の教え
元徴用工問題で文在寅大統領が強調した「司法判断尊重」の姿勢についてはこの間、日本で批判が相次いだ。「国と国の約束事であり、国(行政府)が責任をもって守っていくべきだ」といった類のものだ。しかし、これはどうなのか…

筆者個人のことになるが、私はいま滋賀県大津市に住んでいる。市内に大津市歴史博物館があり、そこでは「大津事件」に関する展示がなされている。1891(明治24)年5月11日、日本を訪問中のロシア帝国皇太子・ニコライ(後の皇帝ニコライ2世)が滋賀県・大津町(現大津市)で警備にあたっていた巡査に突然切りつけられ負傷した事件である。

博物館の展示には、大国ロシアの反発を恐れた明治政府は巡査を大逆罪で死刑にするよう司法当局に迫ったが、時の大審院長、児島惟謙は刑法通り、通常の謀殺未遂で無期徒刑にした――といった趣旨の説明文が添えられている。

日本の学校教育ではいま、どう教えているのか。高校の日本史の教科書を開いてみると、次のように書かれている。

<訪日中のロシア皇太子が琵琶湖遊覧の帰途、滋賀県大津市で警備の巡査津田三蔵によって切りつけられ負傷した事件。ロシアとの関係悪化を苦慮した日本政府(第1次松方内閣)は、犯人に日本の皇族に対する大逆罪を適用して死刑にするよう裁判所に圧力をかけたが、大審院長児島惟謙はこれに反対して津田を適法の無期徒刑に処させ、司法権の独立を守った>(山川出版『詳説 日本史B』)

これは、国民に主権がなかった帝国日本での出来事である。そんな時代ですら、三権分立のもつ意味は重かったのである。いま、普遍の民主主義の価値に照らすとき、他国の司法の判断とはいえ、もっと重視、尊重していいはずである。それとも、これは日本社会における最近の司法権力の存在感のゆらぎを反映したものなのか、どうか。

■安倍首相への皮肉?
文大統領は演説で韓国憲法の「基本的人権の尊重」について触れたが、日本国憲法で言えば、「基本的人権の尊重」は、「国民主権」「平和主義」と並ぶ憲法の三大原則の一つであることは中学生でも知っている。

憲法第13条をいま一度、読んでみる。

<すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする>

これは、韓国憲法と比べてみても決して引けを取らない。「すべて国民は、個人として尊重される」と言い切っている点、日本国憲法の方が個人の人権をより重視しているといっていいだろう。そんな日本国憲法の基本精神が今回の式辞に限らず、安倍首相のこのところの言葉からまるで伝わってこないのはどうしたことか。

文在寅大統領は今回の演説で、元徴用工問題の解決に向けて次のようにも語った。

「三権分立に基づいた民主主義、人類の普遍的な価値と国際法の原則を守り抜くために日本といっしょに努力していきます。一人の人間の人権を尊重する日本と韓国の共同の努力が両国国民間の友好と未来協力の架け橋になるものと信じます」

この演説について、日本のマスメディアの多くは「日本政府に対話を求めたもの」と前向きにとらえている。確かにそうともとれようが、一方で、日本国憲法の精神に背くような姿勢をみせる安倍首相に対して最大限の皮肉を言っているようにも感じられるのは私だけなのか。

私たちの日本国憲法が泣いている。                    (波佐場 清)

2019年7月20日土曜日

「日本は反人道、人権侵害で国際法違反」/韓国、正面から反論/全訳・青瓦台ブリーフィング

日韓関係を揺るがす元徴用工問題は、韓国側が真っ向から反論に出てきたことで新たな局面に入ったようだ。

719日午前、河野太郎外相は南官杓・駐日韓国大使を外務省に呼んで抗議。席上、外相は大使の言葉を途中で遮り、「極めて無礼だ」と声を張り上げた。韓国側は「外相こそ無礼」と反発、その日午後、ソウルの青瓦台(大統領府)で金鉉宗・国家安保第2次長が記者会見し、厳しく日本政府を批判した。

金次長は、韓国側を「国際法違反」と非難する日本政府に対し、「日本の方こそ、国際法違反だ」と反論、改めて輸出規制措置の撤回を求めた。
https://www1.president.go.kr/articles/6828

以下は、青瓦台のホームページに載せられた金鉉宗氏のブリーフィング内容の全訳である。(波佐場 清訳、見出しは訳者が付けた)

■「日本の方こそ、国際法違反」
本日午前、日本の河野太郎外相が南官杓駐日大使を呼んで強制徴用問題に関する日本の立場を伝達し、談話を発表しました。これについて次のような点を指摘したいと思います。

まず、韓国が国際法に違反しているという日本側の変わらぬ主張、これは間違っています。

韓国大法院は、1965年の韓日請求権協定は強制徴用者に対する反人道的犯罪および人権侵害を含めたものではなかった、とする判決を下しており、民主国家の韓国としてはそのような判決を無視することも廃棄することもできません。

韓国政府は強制徴用問題を解決するため日本側と外交チャンネルを通して通常的な話し合いを続けて来ました。ところが、その外交努力が十分に尽くされ切っていない状況にあって、日本は一方的な輸出規制措置を取りました。これはWTOの原則、自由貿易の規範やG20大阪首脳会議で発した自由貿易の原則、さらにはグローバル・バリュー・チェーン(GVC)にも深刻な打撃を与えるという点で、国際法に違反した主体はむしろ日本であるといえます。

何よりも根本の問題として指摘しておきたいのは、強制徴用という反人道的な不法行為によってまず初めに国際法に違反したのはまさに日本であった、という点です。その点を韓国大法院判決は指摘したのです。

■「仲裁期限は日本側が一方的、恣意的に設定」
また、日本は請求権協定上の仲裁を通した問題解決を引き続き主張しているが、我々としては日本側が設定した一方的、恣意的な期限の区切りに同意したことはありません。

併せて一般的に2つの国が仲裁手続きを通して紛争を解決しようとしても、結果的に「一部勝訴、一部敗訴」となるケースが多く、問題の根本的な解決は難しいのです。長期間にわたって仲裁手続きが進む過程では両国民間の敵対心が大きくなり未来志向の関係にも否定的な影響を及ぼし得ます。

■「建設的、合理的な提案なら話し合える」
それにもかかわらず我々は強制徴用問題を外交的に解決することが重要という認識のもと、あらゆる建設的な提案にオープンという立場であり、日本側に提示した大法院判決履行問題の円満な解決案を含め両国国民と被害者の共感を得ることのできる合理的な案について日本側といっしょに話し合っていくことができるという立場です。

日本は輸出規制措置を取りながら、その根拠として当初、過去の問題による信頼の阻害に言及していたのに、その後、輸出管理の上で不適切な事案が発生したと言い、今日はまた、強制徴用の問題を取り上げました。日本の立場とは一体どんなものなのか、相当な混乱ぶりです。

こんななか、日本は不当な輸出規制措置を撤回し、状況をさらに悪化させる発言や措置を取らないよう強く求めます。

今日、南官杓大使は日本のアニメ会社で発生した火災で多くの死傷者が出たことに哀悼の言葉を伝え、河野太郎外相はこれに謝意を表しました。

     ◇   ◇
国際法に違反しているのは韓国なのか、それとも日本なのか――。元徴用工をめぐる日韓の激しいやりとりのなか、そんな問題が浮上してきている。

■「完全かつ最終的に解決」
日本政府は、日本企業に賠償を求めた韓国大法院判決に対し「国際法の常識では考えられない」と反発、韓国政府に是正を求めてきた。安倍首相は、韓国大法院の判決が確定した昨年1030日、記者団に「1965年の日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決している」「判決は国際法に照らして、ありえない判断だ。日本政府として毅然と対応していく」と語った(20181031日付読売新聞)。

今回、河野外相は外務省に南官杓大使を呼んだ席で「昨年の韓国の大法院判決で韓国側に国際法違反の状況が生じている。国際法違反の状況の是正を速やかにやっていただくよう強く求めた」と記者会見で明らかした。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000850.html

河野外相はこの会見後に出した「外務大臣談話」で次のように指摘した。

「我が国は、国際社会における法の支配を長く重視してきた。国家は国内事情のいかんを問わず国際法に基づくコミットメントを守ることが重要との信念の下、昨年の韓国大法院の判決並びに関連の判決及び手続きにより韓国が国際法違反の状態にあるとの問題を解決する最初の一歩として…」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_005119.html

要するに、これは「1965年の請求権協定で「完全かつ最終的に解決」した問題で、元徴用工に賠償を命じた大法院判決は国際法に反する、というのである。

■「反人道」「人権侵害」の指摘を重視
韓国大法院判決は、次のような論理で、元徴用工らの損害賠償請求を認めたのだった。

そもそも元徴用工らの損害賠償請求権は、日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配や侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とした強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権であって、日韓請求権協定には含まれていなかった――。

今回、金鉉宗氏のブリーフは、「反人道的犯罪」や「人権侵害」について指摘したこの大法院判決を引用し、「民主国家の韓国としてはそのような判決を無視することも廃棄することもできない」と、あくまで植民地支配や侵略戦争に関係した日本企業の責任を問うていこうという姿勢を確認したのである。

■「日本は法の支配を重視」
韓国の歴代政権はこの間、元徴用工問題について「1965年の日韓政府間の請求権協定で決着済み」との立場をってきた。日本政府としては「ここへ来て文在寅政権がそれをひっくり返そうとしている」というふうに映る。さきに見たように、河野外相の「外務大臣談話」に、
「我が国は、国際社会における法の支配を長く重視してきた。国家は国内事情のいかんを問わず国際法に基づくコミットメントを守ることが重要」
と書き込んだのも、そうしたことが背景にある。

「韓国はいちど交わした約束を簡単に破る」「国際ルールを守らず、その都度、ゴールを動かす」。こんな不信が日本で語られるのも事実だ。「日本人は悪法も法として守るが、韓国人は正義の前には法を無視していいと考える」といった具合に民族性の違いを説く人もいる。

河野外相が「大臣談話」で言及した「法の支配」とは、どういうことなのか。

■「法の支配」と「法治国家」は違う
芦部信喜著『憲法』(岩波書店)は「法の支配」について、「法治国家」とは違うとして次のようなことを書いている。
▽近代立憲主義憲法は、個人の権利・自由を確保するために国家権力を制限することを目的とするが、この立憲主義思想は法の支配(rule of law)の原理と密接に関連する。

▽「法の支配」の原理と類似するものに、戦前のドイツの「法治主義」ないしは「法治国家」の観念がある。この観念は、法によって権力を制限しようとする点においては「法の支配」の原理と同じ意図を有するが、少なくとも、次の二点において両者は著しく異なる。
第一に、「法の支配」は、立憲主義の進展とともに、市民階級が立法過程へ参加することによって自らの権利・自由の防衛を図ること、したがって権利・自由を制約する法律の内容は国民自身が決定すること、を建前とする原理であることが明確になり、その点で民主主義と結合するものと考えられたことである。これに対して、戦前のドイツの法治国家の観念は、そのような民主的な政治制度と結びついて構成されたものではない。もっぱら、国家作用が行われる形式または手続きを示すものにすぎない。したがって、それは、いかなる政治体制とも結合しうる形式的な観念であった。

第二に、「法の支配」に言う「法」は、内容が合理的でなければならないという実質的要件を含む観念であり、ひいては人権の観念とも固く結びつくものであったことである。これに対して、「法治国家」に言う「法」は、内容とは関係のない(その中に何でも入れることができる容器のような)形式的な法律にすぎなかった。そこでは、議会の制定する法律の中身の合理性は問題とされなかったのである。

■日本に問われる人権意識
目を引くのは、「法の支配」に言う「法」は、人権の観念とも固く結びつくものであったことである、との指摘である。 河野外相のいう「法の支配」は、人権の観念を十分に意識したものなのか、どうか。もし、人権意識が十分でなかったとしたら、その意味するところは、ただの形式的な「法治主義」になってしまう。

日本政府は元徴用工の問題を、どれほど人権の問題としてとらえているのか。もし、人権意識が十分でないとしたら、「反人道」「人権侵害」を真正面から掲げる韓国を向こうに回して、こんご論争の主舞台になると予想される国際社会でたたかっても勝ち目はない。

2019年7月17日水曜日

日本政府に深い不信/全訳・文在寅大統領発言

日韓関係は、ただならぬ様相である。直接の引き金となったのは韓国に対する日本政府の半導体原料輸出規制だが、韓国人元徴用工問題への対抗を意図したものであることは間違いない。実際、日本の新聞は「元徴用工訴訟を巡る問題で、解決に向けて対応しない韓国への事実上の対抗措置」(72日付読売新聞)などと書いてきた。

日本政府もその脈絡でこの問題を語ってきたのは事実である。


今年1月、安倍首相はテレビ番組で徴用工問題に関し「国際法に基づき毅然とした対応をとるため、具体的な措置の検討を関係省庁に指示した」と言っていた。麻生副総理兼財務相も国会答弁のなかで、「送金の停止、ビザの発給停止とかいろんな報復措置があろうかと思う」(312日、衆院財務金融委員会)と述べていた。

■「対抗措置」を否定
ところが、不思議である。輸出規制措置発表後は、徴用工問題への対抗措置であることを日本政府は一切、否定している。経済産業省の発表文(71日付)は「韓国向け輸出管理の運用の見直しについて」と題し、①輸出管理面で日韓間の信頼関係が著しく損なわれた②韓国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した――などとしている。

政府は「安全保障面で問題のない国としての優遇措置をやめる」ということだ、とも説明している。一方で、輸出管理をめぐって発生したとする「不適切な事案」については具体的には明らかにしていない。
どうしてこんなことになったのか。

714日付朝日新聞を読んで得心がいった。箱田哲也・論説委員は「社説余滴」欄で次のように書いていた。
<昨年秋、徴用工裁判で日本企業に賠償を命じる判決が確定した後、政府は省庁別に対抗策を検討させた。
多くの案の中で、ことの深刻さを伝えるには手荒なまねをせざるをえないとの判断から、対韓強硬派の政治家らが推していた今回の措置を決めた。

政府内で「対抗措置ではない」と主張できる理論武装を重ね、G20サミットの閉会を待って発表した>

■貿易の世界に政治を持ち込む
なるほど、という思いである。
徴用工問題への対抗措置ということになれば、政治問題を経済の分野に持ち込むことになる。それは日本が重視してきた自由貿易の原則をゆがめることにつながる。実際、この対韓輸出規制発表の直前まで大阪で開かれていたG20首脳会議では議長国・日本が主導し「自由、公正な貿易の実現」を宣言したばかりだった。政府はそのことに対する批判を恐れているのである。

しかし、どう言い繕おうと、本質は見透かされる。米経済紙、ウォールストリート・ジャーナルが「政治と貿易のない交ぜ」と批判するなど、日本の今回の措置には世界から厳しい目が向けられている。

戸惑うのは、一部メディア、とくにテレビの豹変ぶりである。日本政府の今回の対韓輸出規制発表当初は「対抗措置は当然」と言い募りながら、発表後は政府の言い分に合わせて安全保障の問題にすり替える。「コメンテーター」を名乗る一部テレビ出演者の「波乗り」ぶりには、見ている方で赤面するばかりである。

■異常、異様な会合
それにしても、まったく異常、異様としか言いようがない。
対韓輸出規制後、日韓当局者の初の会合が712日、東京・霞が関の経産省で開かれた。テレビが映し出した、その冒頭部分の様子をみて驚いた。

課長レベルの会合。殺風景な部屋にノーネクタイ、クールビズの日本側の2人がまず現れ、席に着く。そのあと、ネクタイ、スーツを着込んだ韓国側の2人が部屋に入り、持ってきたリュックを足元に置いて対面の椅子に座る。

机の上にはわずかばかりの資料のようなもの以外、何もない。双方の間から見える壁際のホワイトボードには、「輸出管理に関する事務的説明会」と印刷された紙一枚が張られている。テレビ画面を見ている限り、双方の表情は硬直し、言葉のやり取りなどは一切なかった。

このような国際会合の場合、普通に考えると、迎える側が入り口で応対し、言葉を掛けあって握手の一つでも交わすのが常識というものだ。ところが、今回、日本側は会釈もせず、椅子に座ったまま、立ち上がろうともしなかった。

■「水一杯のもてなしもなく」
韓国のメディアはこれを「日本側は会場場所を壊れた機資材が転がる倉庫に決め、水一杯ももてなさないなど、あらゆる欠礼をおかした」(韓国経済新聞社説)などと書いた。

いくら「おもてなし」の国とはいえ、とても、もてなしなどできる状況になく、間違ったサインを送ってもいけないといえば、それまでである。しかし、あまりにも狭量すぎないか。どんな場合であれ、相手が部屋に入ってきたら、立ち上がって迎えることぐらいは常識ではないか。これでは、こどものけんか以下である。

日本側がこれを「説明会」と位置づけるのなら、相手方を少しはなごませる工夫も必要だろう。これでは、ただ、けんかを大きくしようとしているだけと見られても仕方がない。「相手に恥をかかせ、やっつけてやった」ということで、あるいは気分がせいせいするかもしれないが、問題の解決には何の役にも立たない。

これが日本のエリート役人の流儀だとはとても思えない。指示はどのレベルの、誰から出ていたのか。

■文在寅大統領の発言内容
この問題はこの先、どう解決していけばいいのか。カギの一つが文在寅大統領の手に握られていることは間違いない。文大統領はそもそも何を考えているのか。

その文在寅大統領は715日、大統領府での首席秘書官・補佐官会議でこの問題について自ら語った。そこには日本政府に対する強い不信がある。その言い分の是非はともかくも、ここはいったん、その声を冷静に聞いてみることも必要だろう。
https://www1.president.go.kr/articles/6804
以下はその全訳である。(見出しは訳者が付けた)


青瓦台HP 首席秘書官・補佐官会議
■「過去」は、経済問題と別途

過去の問題は韓日関係において懐中のトゲのようなものです。ときどき、私たちを痛く突き刺します。しかしこれまで両国は、過去の問題は別途に管理しつつ、それによって経済、文化、外交、安保分野の協力が壊れないよう知恵を絞ってきました。

私もやはりこの間、過去の問題は過去の問題として知恵を絞って解決しながら、未来志向の関係発展のためにいっしょに協力していくべきだと強調してきました。日本が今回、これまでになく過去の問題を経済問題に絡ませてきたのは両国関係発展の歴史に逆行する、まったく賢明といえない仕打ちだという点をまず、指摘しておきます。

強制徴用被害者に対する大法院判決を履行する問題で、韓国政府は円満な外交的解決案を日本政府に示してきました。私たちが示した案が唯一の解決策だと主張したことはありません。両国民と被害者の共感が得られる合理的な案についていっしょに話し合ってみようというものでした。しかし日本政府は何らの外交的話し合いや努力もなく、一方的な措置を電撃的に取りました。日本政府は一方的な圧迫をしまい込み、いまからでも外交的解決の場に戻るよう望みます。

日本は当初、強制徴用に対する韓国大法院の判決を今回の措置の理由として掲げていたのに、個人と企業の間の民事判決を通商問題と結びつけることに国際社会の支持が得られないと分かると、韓国側に戦略物資の密搬出や対北制裁履行違反の疑惑があるかのように言葉を翻しました。

■朝鮮半島平和プロセスへの挑戦
私たちは4大国際輸出統制体制を模範的に履行するだけでなく、国連安保理決議を順守し、制裁の枠内で南北関係の発展と朝鮮半島平和に総力を挙げています。今回の日本側の措置は、そんな韓国政府に対する重大な挑戦です。

また、それは、韓国政府の努力を支持し朝鮮半島の平和プロセスに参加している国際社会の共同努力に対して不信を惹起するものでもあります。日本がそのような疑惑を実際に持っているのなら、友邦として韓国にまず問題提起をするなり、国際監視機構に問題提起をすればいいのであって、事前に一言もなく、いきなり疑惑を提起してきました。

今回、論争の過程で、むしろ日本の輸出統制の方に問題があったことが分かったりもしました。この点についてはもうこれ以上消耗的な論争をする必要はないと思います。日本が疑惑を撤回する考えがないなら、すでに韓国政府が提案したとおり、両国が共に国際機構の検証を受けて疑惑を晴らし、その結果にしたがえば済むことです。

■日本経済により大きな被害
韓国経済と日本経済は深く結びついています。国交正常化以後、両国は互いに助け合い、いっしょに経済を発展させてきました。とくに製造業分野は韓国が莫大な貿易収支の赤字を出しながらも国際分業秩序の中で部品・素材から完成品生産まで、全過程で緊密に連携していっしょに成長してきました。

今回の日本の輸出制限措置は相互依存と相互共生で半世紀にわたって蓄積してきた韓日経済協力の枠組みを壊すものです。私たちが日本政府の輸出制限措置を厳しく見ざるをえない理由はここにあります。

今回の日本の輸出制限措置は自国産業の被害を防ぐための通常的な保護貿易措置とは方法も目的も異なります。韓国は日本政府のこんどの措置が韓国経済の競争力の中核をなす半導体の素材への輸出制限で始まったという点に注目せざるを得ません。これは韓国経済がさらに一段階高い成長をめざそうとする時期に韓国経済の成長を妨げようとするものにほかなりません。

日本の意図がそこにあるのなら、決して成功はしないでしょう。韓国企業が一時的な困難に陥ることはありえますが、私たちは過去に何度か全国民の団結した力で経済危機を克服してきたように今回も困難に打ち勝っていくでしょう。

むしろ日本との製造業分業システムの信頼を壊し韓国企業が素材、部品、装備の日本依存から抜け出して輸入先を多角化したり国産化の道に進んだりすることでしょう。結局、日本企業により大きな被害が及ぶであろうことを警告しておきます。

■外交努力尽くし、企業を支援
韓国経済にあって今回のことを「禍を転じて福と為す」機会とするという政府の意志は確固不抜です。政府は外交的解決のためにあらゆる努力を尽くしますが、一方で、企業がこの状況に自信をもって対応していけるよう、いかなる支援も惜しみません。これまでに推進してきた経済体質改善のための努力にもいっそうの拍車をかけていきます。

私たちはどんなことがあってもこの状況を克服していきます。国民のみなさんも自信を持ち、企業が困難に打ち勝つことができるよう力を合わせてくださるようお願いします。

韓国の国力は多くの危機を克服しながら育ててきたものです。私たちは今よりももっと困難な挑戦に打ち勝ち、今日の大韓民国に到達しました。多くのヤマ場、兆戦に打ち勝ってここまで来られたのも常に国民の力のおかげでした。私と政府は一貫して国民の力を信じ、厳しい状況を乗り切っていきます。

国会、政界の党派を超えた協力もお願いします。いまの経済状況を厳しく見れば見るほど協力を急いでくださるものと切にお願いする次第です。それこそが政府と韓国企業が厳しい状況を克服できる最大の力となることでしょう。(波佐場 清訳)

2019年6月23日日曜日

「日韓間に新しい潮流」/駐大阪韓国総領事


「日韓関係は過去最悪」と言われるが、そうだろうか。確かに、政府間の関係は良くないが、民間レベルは決してそうではない。人びとの交流は逆に、むしろ増えており、日韓間に新しい潮流が生じている――。

韓国の大阪総領事、泰奎(オ・テギュ)さん(59)が最近、本国の日刊紙、京郷新聞にこんな寄稿文を載せた。新聞記者出身で、大阪に赴任してきて1年余。いま、主要20カ国・地域(G20)首脳会談を控える大阪から韓国民に発したメッセージである。


https://news.v.daum.net/v/20190620203726432

総領事は「民」から「官」に移った自らの立場に引きつけ、「民間の新しい流れがいっそう大きくなるよう、官が支えなければならない」とする。日本の一市民としても耳を傾けたい内容が含まれる。以下は、寄稿文の内容である。(見出しは訳者が付けた)

■「官冷民温」
このところの韓日関係は1965年の国交正常化以来最悪だ――。そんな言説が両国間にくすぶっている。昨年10月末に韓国大法院が強制動員労働者の問題で日本企業に慰謝料の支払いを命じたのをきっかけに日本の官僚、政治家、学者、メディアが言いだし、それが韓国内にまで広がっているようだ。

確かに政府間に限ってみると悪い。最悪とまでは言わなくとも相当によくないのは事実である。しかしこれを民間や地方自治体にまで広げてみると、これまでとはまったく違った様相もみえてくる。
韓日は、つい何年か前までを言っても、政府間の関係が悪くなると、民間交流も、自治体間の交流も中断してきた。ところが最近は、政府間が冷え込んでも民間レベルは温かい、「官冷民温」といえる新しい現象が起きている。言うところの「韓日関係最悪論」は、そのような潮流を見過ごしている。



■増える人々の往来
韓日間の人の交流は昨年、史上初めて1千万人を超えた。日本から韓国へ295万人、韓国から日本へは754万人である。従来に照らすと、大法院判決があった昨年10月末を起点に韓国を訪れる日本人はぐんと落ち込むのが通例だった。李明博大統領が独島(竹島)を訪れた翌年の2013年から韓国を訪れる日本人が急減したように、である。


しかし今回は逆である。韓国観光公社の統計によると、韓国を訪れた日本人は前年同期と比べ、昨年11月で45%、12月で33.5%それぞれ増えている。ことしに入ってからも5月まで月平均28%ほど増えている。とくに今年3月に訪韓した日本人は375119人を数え、1カ月間の訪問者数としては過去最高を記録した。

■コリアタウンに集う日本の若者
大阪の生野区は100年前から在日同胞が密集して暮らす地域だ。一時は区の全人口の4分の1ほどが在日同胞だったそうだ。ここの「御幸(みゆき)通り」と呼ばれる、500メートルほどの区間にあるコリアタウン商店街は道の両側にキムチ、Kポップスターのキャラクター商品、チーズホットドッグやフライドポテト、韓国化粧品、韓国食品などを売る店がずらりと軒を並べている。

日本の10代、20代の若者たちが韓国の味覚や雰囲気を求めて集まってくるおかげで、曜日を問わず通行が困難なほどだ。あふれる客に商店主らはトイレが足りないと悲鳴を上げたりしている。

■高まる韓国語学習熱
先月28日、韓国語教育に力を入れているという大阪市近郊、豊中市内の、ある専門学校を訪ねてみた。ここでは15年前、生徒4人だけで韓国語科をスタートさせた。それが、いまはどうか。全校で7つの専攻科があり、12学年とも300人が定員なのだが、1学年は全体の60%、2学年も40%までが韓国語専攻の生徒たちだ。

今年は韓国語志望の10人ほどが施設不足で入学できなかったほどで、韓国語人気は年を追うごとに高まってきているという。かつては韓国語を学ぼうとする生徒は父母を説得するのが大変だったそうだが、いまは、そのような父母はまず、いないというのが学校側の説明だった。

■「政府間が悪いときほど、交流を」
この地域で会った自治体関係者たちも異口同音、「たとえ政府間の関係が悪いとしても……いや、こんな時だからこそ、自治体間の交流をいっそう深めたい」と口をそろえる。

このような現象は明らかに一昔前とは質的に違う新しい流れだ。従来の官僚、政治家、メディア、学者らの目には見えない水面下で、多様な価値観、趣向、文化的好奇心で武装した若者たちが不可逆的な交流を生み出している。その幅はあまりに広く、深く、多様であり、全貌をつかむのも難しい。

■「G20で新しい里程標を」
もちろん、「民が温かいのだから、官はこのまま冷たくてもいい」ということにはならない。むしろ、このような新しい流れがさらに発展するよう、官の側で支えなければならない。

折から今月2829日、大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会談に文在寅大統領が出席する。韓国大統領として8年ぶりに訪れる大阪は日本で在日同胞が最も多く暮らす地域である。韓日交流の歴史が最も古く、韓国人観光客が最も多く訪ねてくるところでもある。韓日両政府が両国交流の中心地である、ここ大阪で新しい潮流に沿った、新しい友好協力の里程標を打ち建てることを期待したい。(波佐場 清訳)

2019年4月13日土曜日

李洛淵首相の上海臨時政府樹立100周年記念演説


韓国政府は411日、日本が朝鮮半島を統治していた1919年、中国上海にできた「大韓民国臨時政府」の発足100周年を祝う式典をソウルの汝矣島(ヨイド)広場で開き、李洛淵首相が記念の演説をした。https://www.youtube.com/watch?v=1L81-M9puQU

韓国国務総理秘書室HP 上海臨時政府樹立100周年記念式典で演説する李洛淵首相
元もと文在寅大統領が演説する予定だったが、米国での米韓首脳会談と重なり、李首相が出席した。
韓国ではかねて保守派を中心に解放後、李承晩大統領が韓国政府を樹立した1948815日を建国の起点としてきたが、文在寅政権は上海臨時政府を韓国建国のルーツと位置づけており、李首相も演説でその点を強調した。

上海臨時政府には当初、中国大陸や沿海州、米国などで活動していた独立運動家らがイデオロギーを超えて結集していた。韓国建国のルーツとしての上海臨時政府のアピールは、分断国家にあって「民族の一体性」を重視する文在寅政権の戦略とも絡んでいる。

以下に、李洛淵首相の演説を翻訳してみた。
 
■歴史を刻む汝矣島広場
尊敬する国民のみなさん、海外同胞のみなさん、
ここはソウルの汝矣島広場です。中国で活動していた大韓民国臨時政府光復軍の4人が解放3日後、最初に祖国の地を踏んだのが、まさにこの場所です。
 
その後も汝矣島は私たちの歴史と共にありました。民主化初期には大統領選挙の遊説対決がここで繰り広げられました。多くの離散家族が涙の再会をしたのもここでした。そしていま、汝矣島は大韓民国の政治、経済、メディアの心臓部として脈打っています。
 
100年前のきょう、大韓民国臨時政府が中国で創建されました。その100周年を私たちは、大韓民国現代史を証言する汝矣島で記念しています。
 
100年前に韓国の枠組み
帝国主義日本が祖国を踏みにじっていた191931日、私たちの先祖らは「朝鮮は独立した国」であり、「朝鮮人がこの国の主人だ」と宣言しました。その日から国の内外で独立万歳の運動が広がっていきました。とくに411日には民族の先覚者たちが中国の上海で大韓民国臨時政府をつくりました。
 
臨時政府は新しい国の国号を「大韓民国」、国体を「民主共和制」と定めました。臨時政府は国民の「平等」と「自由」を約束し、「太極旗」と「愛国歌」を国家の象徴として公式化しました。現在の大韓民国の枠組みはそのときに、つくられました。臨時政府の指導者らの時代を先取りした民主意識と透徹した愛国愛民の実践に敬意を表してやみません。
 
■大陸4000㌔を巡り、重慶へ
臨時政府はいばら道を歩みました。先賢たちは三度の食事もまともに取らず、所かまわずに睡眠をとりました。とくに、1932年尹奉吉義士<訳注1>の上海虹口公園での義挙後は、日帝の銃剣が臨時政府のノド元にまで迫りました。臨時政府は上海を離れなければなりませんでした。
 
<訳注1>尹奉吉(ユン・ボンギル/190832)は、韓国忠清南道出身。中国に渡り、上海の大韓民国臨時政府で活動していた独立運動家金九(18761949)の指令を受け、1932429日、上海虹口公園で開かれた「天長節祝賀会」に集った日本の要人たちに手榴弾を投擲した。これによって、上海派遣軍司令官陸軍大将の白川義則ら2人が死亡。ほかに第3艦隊司令長官海軍中将野村吉三郎(のちに外相、駐米大使など)、第9師団長陸軍中将植田謙吉、上海駐在公使重光葵(のちに外相など)ら多数が負傷、野村は隻眼となり、重光は片足を失った。尹奉吉は現場で逮捕され、上海派遣軍軍法会議で死刑判決。大阪衛戍刑務所をへて同年12月、第9師団の駐屯地だった石川県金沢市の軍法会議拘禁所へ移され、同市内で銃殺刑に処せられた。
 
その後、杭州、長沙、広州、綦江など、8年間にわたって4千㌔を巡り、1940年に重慶に落ち着きました。重慶で臨時政府は光復軍を創設し、日本に宣戦布告しました。光復軍は連合軍と共に中国、インド、ミャンマー戦線に身を投じ、韓国国内への侵攻作戦も立てていました。
 
臨時政府の264カ月間、多くの要人とその家族らが飢えや酷寒、病魔で倒れていきました。多くの義士と烈士が日帝と戦い、彼らの銃剣によって息を引き取っていきました。
 
■解放→分断→戦争
1945815日、日本は降伏し、祖国は解放を迎えました。金九主席をはじめとする臨時政府の指導者らはその年11月、金浦空港から祖国に帰ってきました。
 
祖国は臨時政府の指導者らが夢見た状態ではありませんでした。臨時政府が活動していた時期は南も北もありませんでした。しかし解放された祖国にはすでに南北分断の影が垂れ込めていたのです。間もなく南北それぞれに別個の政府が建てられ、北の侵略によって同族同士で争い、殺し合う戦争が繰り広げられました。
 
■経済成長→民主化→世界11位の経済力
大韓民国は深い絶望に呻吟しました。一人当たり国民所得60㌦、世界最貧国の一つでした。政治的混乱が続きました。そのような試練を経て大韓民国は経済を成長させ、民主化を実現させました。
 
いまや大韓民国は世界11位の経済力と先進国レベルの民主政治を実現しています。とくに昨年、大韓民国は人口5千万以上の国にあって一人当たり国民所得が3万㌦に達した「3050クラブ」に仲間入りしました。世界で7番目ですが、韓国の除くあとの6カ国はいずれも植民地を持って早くから経済力を蓄えてきた国々です。そんな中にあって韓国だけが植民地からの独立国だったのです。
 
これは大韓民国の偉大な成就です。こうも誇らしい大韓民国を築き上げた国民のみなさんに感謝を申し上げます。100年前に臨時政府を建てた先賢の方々に本日、私は後裔の偉大な成就をおこがましくも、ここに報告申し上げる次第です。
 
■臨時政府の法統を継承
いまの大韓民国は先賢たちの念願と犠牲の上にあります。大韓民国は臨時政府をルーツとし、その上に柱を建て、枝を伸ばし、花を咲かせました。現行憲法は「わが大韓民国は31運動で建立された大韓民国臨時政府の法統」を継承する、と宣言しています。

 
他郷暮らしの苦難と死の危険に耐え、独立に身を投じた臨時政府の先賢の方々を追慕し、感謝を申し上げます。
 
当然のことながら、私たちは独立の歴史を記憶し後世に伝え、犠牲になられた先人を礼遇しなければなりません。政府は2021年末の開館を目指してソウルの西大門に、臨時政府記念館を建てる準備を進めています。金九主席ら独立運動家7人の霊を祀るソウルの孝昌公園を、独立運動を記念する空間として造成します。
 
先ごろ、重慶の光復軍総司令部を復元し、ロシア・ウスリースクに崔在亨<訳注2>記念館を開館しました。米国フィラデルフィアの徐載弼<訳注3>記念館は再開館を目前にしています。日帝強占期[日本による植民地支配の時期]の受刑者や女性、義兵独立運動家ら約4300人を新たに探し出し、褒章の準備を進めています。
 
<訳注2>崔在亨(チェ・ジェヒョン/18601920)は、沿海州の朝鮮人社会の最高リーダーとして活躍し、上海臨時政府の初代財務総長にも選ばれた。ロシア革命(1917年)への干渉目的で日本軍がシベリアに出兵したのに伴って起きた尼港事件(192035月)で日本軍に捕らわれ、銃殺された。
 
<訳注3>徐載弼(ソ・ジェピル/18641951)は、朝鮮の独立運動家。開化派の金玉均と交わり、日本留学後1884年の甲申事変に参加、敗れて米国に亡命。95年朝鮮に帰国し、「独立新聞」を発刊、独立協会の運動を支えた。その後、再度渡米し、31運動後、米国で独立運動を展開した。
 
■より良い祖国へ、新たな挑戦
過去100年、私たちの歴史は決して平坦なものではありませんでした。35年間にわたって外国勢力の支配を受け、3年間戦争を行いました。71年間にわたって分断されたまま南北が互いを憎み合い、反目し合いながら生きてきました。惨めな貧困と、相次ぐ政変も経験しました。
 
このような苦難に耐えて私たちは世界が注目する国家に発展しました。しかし私たちはここで歩みを止めるわけにはいきません。私たちはよりよい祖国をつくるために挑戦しなければなりません。
 
第一に、祖国の分断を克服し、「平和と繁栄の韓(朝鮮)半島」を実現しなければなりません。そのために私たちは米国、中国、日本、ロシアなど国際社会と協力し、韓半島の平和と共同繁栄を模索しています。
 
第二に、経済の再跳躍へ、「革新国家」を実現しなければなりません。私たちは革新によって新しい経済発展の動力をつくろうと革新成長に邁進しています。
 
第三に、国民が共によく暮らせる「包容国家」へと進まなければなりません。私たちは不平等が緩和され、すべての人が共同体のなかに抱かれて暮らせるよう、さらに努力をしていきます。
 
第四に、国民が安心して暮らせる「安全な国家」にしていかなければなりません。私たちは災害や災難、事件、事故を減らし、その被害を最小化しようと奮発しています。
 
第五に、法と常識が支配する「正義国家」を打ち建てなければなりません。私たちはどのような特権も反則も容認しない法治主義を確立しようと決心しています。
 
■平和・繁栄、革新、包容、安全、正義
民族の先覚者たちは祖国独立のために生命、財産を惜しみませんでした。私たちは先賢の念願と犠牲を忘れることはできません。
 
こんどは私たちが成さねばなりません。「平和と繁栄の韓半島」を追求し、「革新国家」「包容国家」「安全国家」「正義国家」をつくっていけるよう、今日の私たちが打って出なければなりません。私たちは100年前の大韓民国臨時政府を建てた先賢たちの前で「やってみせる」といっしょに誓いましょう。

先賢たちは大韓民国を助けてくれるものと信じます。大韓民国は永遠です。
                                (波佐場 清訳)