2018年6月17日日曜日

安倍首相がトランプ大統領に学ぶべきこと

安倍晋三首相が金正恩委員長との日朝首脳会談に意欲をみせている。トランプ大統領と金委員長の米朝首脳会談のあと首相は拉致被害者家族らと会い、「拉致問題は日朝の問題だから、日本が主体的に責任をもって解決していかねばならない」と語ったという。
「主体的、責任を持って」は当たり前のことで何を今さら、という思いだ。これまではそうでなかったということなのか。ただ米国にすがろうとしていただけだったのか。

 

■歴史の影

安倍首相は616日、読売テレビの番組で、北朝鮮との交渉について「相互不信という殻を破って一歩踏み出したい」と語った。「信頼関係を醸成していきたい」とも言った。そのこと自体、正しいと思う。しかし首相が本心、そう思うのなら、相手方が首相に抱く不信を自ら解いていく努力も求められる。
 
この点、首相には欠けているものがある。そもそも、このような事件がどうして起きてしまったのか、ということについても思いを致す必要があるということだ。この事件には、日本と朝鮮半島の過去の歴史を抜きにしては語れない側面がある。
 
あえて「歴史のイフ(if)」を考えてみる。もし、20世紀初頭から半ばにかけての日本による朝鮮半島支配がなかったとしたら、そしてもし、それに起因する半島の南北分断がなかったら、さらに分断対立が火を噴いた朝鮮戦争がなく、その後も休戦という名の「戦争でも平和でもない」対立状況が続いていなかったとしたら、この事件は起こり得なかったであろうということだ。
 
実際、拉致被害者の多くは朝鮮半島の厳しい南北対立下、北朝鮮の工作員による身分の「なりすまし」や、工作員を「日本人」に仕立てるための教育係として利用されていたのである。

 

■「過去清算」ない中で続発

忘れてならないのは、事件の背景となった過去の歴史に日本が深くかかわってきていたという事実である。朝鮮半島の植民地支配はもとより、分断に伴う朝鮮戦争と、その後に続く冷戦下の休戦対立にも日本が「西側陣営」の一員として深く関係してきた。

 

「過去の清算」も朝鮮半島の南半分、韓国との間では1965年の日韓条約でいったん済ませたものの、北半分、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との間では、この間まったくなされて来なかった。そんな状況のなかで1970年代から80年代にかけて北朝鮮による日本人の拉致事件が続発していったのだった。過去清算が早期になされていたら、このような悲劇も起こらなかっただろう。

 

■「不幸な過去」を語りがらない安倍首相


安倍政権はこの間、「日朝平壌宣言にのっとり、すべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現し、『不幸な過去』を清算して国交正常化を実現すべく全力で取り組んでいく」とする原則論を掲げてきたが、安倍首相自身、このところ「不幸な過去」について語ることはほとんどなかった。

 
北朝鮮による日本人拉致は国家的犯罪行為であり、決して許されるものではないことは言うまでもない。真相を徹底究明し、生存者は救出されなければならないのは当然だ。しかし、そうだとしても、事件を生んだ歴史的背景についても見ておくべきだ。
 
加害者は忘れがちだが、被害者にとっては決して忘れられない。それは拉致問題に限らず、歴史問題についてもいえる。北朝鮮側がこの間、日本に対し、「あくどい習性を捨てない限り、1億年経っても、わが国の神聖な地を踏むことはできない」(56日付労働新聞)などと厳しい姿勢を見せてきたのも、そのことと無関係とはいえないだろう。
 
安倍首相が「相互不信の殻を破る」「信頼醸成をはかる」というのなら、拉致事件が起きた歴史的背景にももっと思いを致すべきである。

 

■「民族の悲劇」克服への模索

朝鮮半島が日本の植民地支配から解放され、それと同時に南北に分断されてから70余年が経った。そんな分断の悲劇を乗り越えようという民族内部の模索が今また、始まった。
 
この4月から5月にかけ2度にわたって開かれた南北首脳会談には南北の人々の悲願が込められていたのは間違いない。分断の歴史と無関係といえない隣国のリーダーとして安倍首相はそれにどれほどのメッセージを発したのか。
 
そんなことを思ったのは612日、シンガポールで開かれた米朝首脳会談のあと、トランプ大統領が記者会見で語った言葉の一節が強く印象に残ったからだ。次のような内容(概訳)である。

労働新聞㏋ 米朝首脳会談で握手を交わすトランプ大統領と金正恩委員長

■「南北が調和し、離散家族が再会し…」

「きょうは、険しいプロセスの始まりです。平和は常に努力するに値するものです。とくに、いまの場合がそうです。これは何年も前になされるべき問題でした。ずっと前に、です。私たちはいま、それを解決しようとしているのです。

金正恩委員長は国民のために素晴らしい未来を手に入れることができます。戦争はだれにでも引き起こせますが、平和をつくれるのは、最も勇気のある者だけです。いまのような状況がいつまでも続くことはありません。

北朝鮮の人、そして南の韓国の人も本当に素晴らしい才能に恵まれた人たちです。同じ伝統、同じ言語と文化、そして同じ運命を背負っています。彼らのすばらしい運命を実現し、そして別れた家族を再会させるために核兵器の脅威はいま、取り除かれることになるでしょう。

とはいえ、当面、制裁は続けます。
 
私たちは未来を夢見ています。南北すべての人たちが調和のうちにいっしょに暮らすことのできる未来、離散家族が再会し、希望がよみがえる未来、そして平和の光が戦争の闇を払いのける明るい未来です。
 
それが今、起こりつつあるのです。目の前にあるのです。もう少しで手の届くところまで来ています。そこに間もなく行き着くでしょう。起こりつつあるのです。実現できないとみなが思っていたかもしれませんが、いま実現しようとしているのです。本当に素晴らしい瞬間を歴史は迎えています。
 
金正恩委員長は北朝鮮に着いたらすぐに取りかかるでしょう。多くの人々を幸せに、安全にするプロセスを始めるでしょう」

Today is the beginning of the arduous process. Our eyes are wide open. Peace is always worth the effort. Especially in this case. This should have been done years ago. This should have been resolved a long time ago. We’re doing it now. Chairman Kim has the chance to seize an incredible future for his people. Anyone can make war, but only the most courageous can make peace. The current state of affairs not endure forever.

The people of North Korea, North and South, are truly wonderful and gifted people. They share the same heritage and language and culture and destiny. To realize their amazing destiny and reunite their national family, the menace of nuclear weapons will now be removed. In the meantime, the sanctions will remain in effect.

We dream of a future where all Koreans can live together in harmony and where families are reunited and hopes are reborn and where the light of peace chases away the darkness of war. This bright future is within and this is what is happening. It is right there. It is within our reach. It’s going to be there. It will happen. People thought this could never take place. It is now taking place. It is a very great day.

It’s a very great moment in the history of the world. Chairman Kim is on his way back to North Korea and I know for a fact that as soon as he arrives he will start a process that will make a lot of people very happy and very safe.


 

■「相互不信の殻」を破るために

ここには、もちろん外交辞令もあるだろう。思惑も込められているはずだ。しかし、これは北朝鮮の人たちにはもちろん、韓国の人々の琴線にも触れたはずである。こうしたメッセージは「相互不信の殻」を破る力も秘めていると思う。
 
安倍首相の口からこのような言葉が語られることはあるのだろうか。(波佐場 清)
 

2018年4月9日月曜日

統一急がず、まず平和/激動兆す朝鮮半島

■朝鮮半島平和プロセス 
文在寅大統領が朝鮮半島平和構想「ベルリン宣言」(201776日)を発する1週間前、ワシントンで米韓首脳会談があった。
ベルリンで演説する文在寅大統領=青瓦台HPより
 
ここで文大統領は「北朝鮮に対する制裁は外交的手段であって、平和的に朝鮮半島の非核化を実現する」「当面する危機を打開するうえからも南北関係の改善が重要」という点で米韓が一致したとし、こう主張した。

<中断していた朝鮮半島平和プロセスを再開する基本条件が整ったのです>
 
「朝鮮半島平和プロセス」とは、米国、日本など周辺国と協力しながら包括的なアプローチで朝鮮半島に残る冷戦構造をなくし、平和を定着させようという構想だ。1990年代末、金大中政権で着手し、続く盧武鉉政権にかけて推進された。朝鮮半島の非核化はもとより米朝、日朝の国交正常化プランもそこには組み込まれていた。
 
ベルリン宣言は、そんな平和プロセスの再開に向けて、具体的な「政策方向」も指し示していた。
 
2つの首脳宣言文に立ち返る
まず、平和の定着。「我々が求めるのはひたすら平和である」とし、「核と戦争の脅威がなく、南北が互いに認め合い、共に良く暮らしていける道を我々は知っている」として、こう述べた。
 
<「615共同宣言」と「104首脳宣言」に立ち返ることです。
南と北は、この2つの宣言で南北問題の主人は我が民族であることを明らかにし、朝鮮半島の緊張緩和と平和の保障へ緊密に協力することを約束しました>
 
615共同宣言」は2000年の第1回首脳会談(金大中―金正日会談)、「104首脳宣言」は07年の第2回首脳会談(盧武鉉―金正日会談)でそれぞれ発せられた宣言である。文在寅大統領は、そこに立ち返ろうというのである。
 
■「わが民族同士」で「自主的に」
朝鮮半島分断下、南北首脳会談の最大のテーマは当然のことながら、国の統一問題になる。過去2回の首脳会談で出された宣言はまず、この問題を真っ先に取り上げていた。
 
◇「615共同宣言」
一、南と北は、国の統一問題をその主人であるわが民族同士、お互いに力を合わせ自主的に解決していくことにした。

二、南と北は、国の統一のための南側の連合制案と北側の低い段階の連邦制案が互いに共通性があると認め、こんごこの方向から統一を指向していくことにした。
 
◇「104首脳宣言」
一、南と北は615共同宣言を固守し、積極的に具現していく。
南と北は、「わが民族同士」の精神にしたがって統一問題を自主的に解決し、民族の尊厳と利益を重視し、すべてをこれに指向させていくことにした。…
 
これは何を意味するのか。
 
統一問題を「わが民族同士」で「自主的に解決」するとしたのは、それが自らの問題であることを考えると、当然だろう。そのうえで、双方、それぞれの統一案をすり合わせているのである。
 
■連合制と連邦制
韓国の統一案は「民族共同体統一案」といわれる。民主化後の1989年、盧泰愚政権で示され、続く金泳三政権で一部修正が加えられて今の統一案となった。三段階で統一を目指す、としている。
 
1段階は、南北が互いの体制を認め合い、共存共栄へ交流協力を進める。第2段階は南北連合(2体制、2政府)。ここで南北の経済・社会共同体を成熟させ、事実上の統一状況をつくり出す。第3段階では、南北で総選挙をおこない、「1体制、1国家」を実現する、としている。
 
念頭にあるのは欧州の統合。欧州ではECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)→EEC(欧州経済共同体)→EC(欧州共同体)をへて現在のEU(欧州連合)に至り、将来の理念として政治統合を描いている。それを手本に当面、南北共存で共同体→連合に進もうというのである。
 
対する北朝鮮は連邦制の統一案。南北を地域政府としてそれぞれの思想と体制をそのまま残し、中央に連邦政府を置こうという「1国家、2制度」の統一案だ。1980年に打ち出したあと91年、「暫定的に地域政府により多くの権限を付与できる」(金日成主席の「新年の辞」)と柔軟性をみせた。
 
首脳会談で双方、統一案をすり合わせた結果、統一を急がないことを確認しあったわけである。
 
■「統一は民族共同体回復の過程」
実際、第1回の首脳会談では、両首脳間で次のようなやりとりがあった。金大中大統領の最側近としてこの首脳会談に立ち会った林東源・元統一相は回顧録でこう書いている。
 
金正日委員長 金大中大統領は、完全統一には1020年かかると言っているそうですが、わたしは完全統一にはこの先40年とか、50年がかかると思っています。そしてわたしが言いたいのは、連邦制でいきなり統一しようというのではありません。それは冷戦時代にしていた話です。わたしの言う「低い段階の連邦制」というのは南側の主張する「連合制」のように、軍事権と外交権を南と北の2つの政府がそれぞれ持ち、漸進的に統一を進めようという概念です。

 金大中大統領 統一案はこの場で合意できる性質のものではありません。わたしたちが主張する「南北連合制」と、北側の「低い段階の連邦制」について、こんご引き続き論議することで合意すれば、いいでしょう。      
          (南北首脳会談への道 林東源回顧録』波佐場清訳、岩波書店)

文在寅大統領はベルリン宣言の中で、次のようにも述べていた。

<我々は北の崩壊を望まず、どのような形の吸収統一も推進しません。人為的な統一を追求することもないでしょう。

統一は双方、共存共栄しながら民族共同体を回復していく過程です。統一は平和が定着すれば、いつかは南北間の合意によって自然と成されていくのです>
 
ここで示された「統一は民族共同体を回復していく過程だ」とする考えは、「法的な統一」に先立ってまず、「事実上の統一状況」をつくっていこうとした金大中政権から盧武鉉政権にかけての統一政策と軌を一にしている。
 
■地殻変動の予感
過去2度の南北首脳会談で出された2つの宣言文は、統一問題のほかにも南北間の交流・協力など多様な問題に触れている。とくに「104首脳宣言」は、南北間で軍事的敵対関係を終わらせて緊張緩和をはかる問題や休戦体制を平和体制に移行させる問題につても具体的に書き込んでいる。
 
文大統領がそこに立ち返るとした2つの宣言文は、北朝鮮にとっても格別な重みを持つ。北朝鮮の体制にあって絶対的な存在である最高首脳自らがサインした文書だからだ。実際、北朝鮮は「615共同宣言」を「統一大綱」、「104首脳宣言」をその「実践綱領」と位置付け、この間、李明博、朴槿恵政権と続いた韓国の保守政権に対しても、しばしばその実行を迫っていた。
 
2つの宣言文重視の姿勢は、南北間でいま、一致しているといっていい。427日の南北首脳会談で文在寅大統領と金正恩委員長がそれを共通の羅針盤として確認し合ったとしてもおかしくはない。その後に続く米朝首脳会談の行方や中国の出方にもよるが、朝鮮半島の当事者である南北が実際に動き出せば、冷戦構造がこびりつく北東アジアに大きな地殻変動を呼び込むことになるだろう。(波佐場 清)


2018年4月6日金曜日

文在寅大統領に強い当事者意識/激動兆す朝鮮半島


朝鮮半島情勢が大きく動き始めた。金正恩朝鮮労働党委員長が電撃訪中し326日、習近平国家主席と会談。427日には軍事境界線の板門店で韓国の文在寅大統領と金正恩委員長の南北首脳会談が予定されている。5月中には史上初の米朝首脳会談も開かれる見通しだ。

年明け、平昌冬季五輪へ向けて北から南へ対話を呼びかけたのが直接のきっかけだったが、1年前、韓国に登場した進歩派文在寅政権の対北政策を抜きに今の状況は語れない。これまでのところ、文大統領がこの流れを主導してきているといっていい。

実際、朝鮮半島問題解決の最大のカギを握る米朝の首脳会談を仲介したのも文大統領だ。文大統領には朝鮮半島の当事者として非核化や平和づくりの問題をリードしていこうという強い意気込みが感じられる。文在寅大統領は何を考え、朝鮮半島情勢は、どう動いていこうとしているのか。(波佐場 清)

■「ベルリン宣言」
文在寅大統領の対北朝鮮政策の骨格は、就任2カ月後の201776日、ドイツ・ベルリンのケルバー財団主催の演説で「朝鮮半島平和構想」として示された。ハンブルクで開かれたG20首脳会合に合わせてドイツを公式訪問した際のことで、「ベルリン宣言」とも呼ばれている。

昨年7月6日、ベルリンの演説会場で=青瓦台HPより 
なぜ、ベルリンだったのか。文大統領は演説の中で、ドイツが冷戦と分断を克服して国の統一を成し遂げ、いま、欧州統合と国際平和を先導している点を指摘したうえで、次のように語った。

<ここベルリンは今から17年前、韓国の金大中大統領が南北和解・協力の枠組みを準備した「ベルリン宣言」を発表した場所です。

ここアルテス・シュタットハウス(元東ドイツ総理官邸)はドイツ統一条約が協議された歴史的な現場です。

私は本日、ベルリンの教訓が生きているこの場で大韓民国新政府の朝鮮半島平和構想を語ろうと思います>

文大統領がここで言及した金大中大統領の「ベルリン宣言」とは200039日、金大中大統領がベルリン自由大学でおこなった「朝鮮半島の冷戦終結と恒久平和、南北和解と協力のためのベルリン宣言」のことだ。

金大中大統領はここで、北朝鮮に対しては民間の経済協力だけでは限界があるとし、「北朝鮮当局の要請があれば、政府レベルの支援を積極的に検討する」と表明。並行して水面下の南北間交渉を進め、この年6月、分断後初の南北首脳会談開催にこぎつけたのだった。

ちなみに、この時の南北交渉には、いま文在寅政権で国家情報院長に抜擢されて対北交渉にあたる徐薫氏も深くかかわっていたのだった。

■「韓国主導で大胆に」
ベルリンの演説で文大統領は、こう続けた。

<朝鮮半島の平和と統一を願うわが国民にとってベルリンは金大中大統領の「ベルリン宣言」とともに記憶されています。

金大中大統領のベルリン宣言は2000年の第1回南北首脳会談につながり、分断と戦争のあと60余年間にわたって対立してきた南北が和解と協力の道に踏み出す大転換をもたらしました。

その後を継いだ盧武鉉大統領は2007年の第2回南北首脳会談で南北関係の発展と平和・繁栄への里程標を打ち立てました>

そのうえで、次のように決意を語った。

<私は先行したこの2政権の努力を引き継ぐとともに、韓国のより主導的な役割を通して朝鮮半島に平和体制を構築する大胆な旅程を始めようと思います>

金大中政権と盧武鉉政権の対北政策は、一般に「太陽政策」と呼ばれてきた。文大統領はそれを引き継ぐとともに「韓国の主導的な役割」をいっそう強め、「大胆」に取り組んでいくとしたのである。
昨年8月18日、故金大中大統領の追悼式で=青瓦台HPより
文在寅氏は選挙中から「太陽政策の継承と発展」を公約として掲げていたが、ここで改めてそれを宣言したのである。

■「自国の運命は自らの力で」
「韓国主導」は、文在寅大統領が繰り返し発してきたメッセージだ。朝鮮半島の当事者として、積極的に自らの役割を果たそうというのである。ベルリン演説の1カ月余あと、昨年815日の光復節演説では次のように訴えた。
 
 <(南北)分断は、私たちが自ら国の運命を決めるだけの国力がなかった植民地時代がのこした不幸な遺産です。冷戦の中にあってそれを清算できなかった。しかし今、私たちは自ら自国の運命を決めることができるほどに国力が大きくなりました。朝鮮半島の平和も分断克服も、私たちの力で成していかなければなりません>
 
同年111日、国会での施政演説でも次のように説いた。

<わが民族の運命は私たち自らが決めていかなければなりません。植民地支配や南北分断のように私たちの意思とは無関係なところで私たちの運命が決められた不幸な歴史を繰り返してはなりません>

ベルリン演説の少し前、630日にワシントンで開かれた米韓首脳会談では、トランプ大統領から「朝鮮半島の平和統一環境をつくるにおいて韓国が主導的な役割を果たす」(米韓共同声明)との約束を取り付け、同日夕のワシントンでの演説で、文大統領は次のように胸を張った。

<韓国は朝鮮半島問題の直接の当事者として、より主導的な役割を担っていきます>
<韓国が米国との緊密な協力のもとに南北関係を改善していけば、その過程で米国を含む国際社会も北朝鮮との関係を改善できます>

■前回の首脳会談に「悔い」
427日に予定される板門店での南北首脳会談は、いずれも平壌で開かれた20006月の金大中―金正日会談、0710月の盧武鉉―金正日会談に次いで3度目の南北首脳会談になる。文在寅氏は第2回会談の際、盧武鉉大統領の最側近、大統領秘書室長として盧武鉉大統領をサポートした。その時のことについて文在寅氏は20116月に出した回顧録『運命』の中で次のように書いている。
 
 <平壌について行って会談を見守りたい気持ちは山々だった。しかし、首脳会談準備委員長として両首脳が話し合う議題と共同声明、合意文に盛り込む事項を統括的に準備しなければならなかった。
 
大統領が北に行っている間、青瓦台を守り、非常待機しなければならないのでどうしようもなかった。万一の突発状況に対処できるよう万端の準備をしていなければならなかった。緊張とときめきが交差するなかで北から情報がくるのを神経を研ぎ澄ませて待った>

<何時間か後に最終合意が出た。各分野で我々が推進しようとしていたテーマの大部分が合意文に盛り込まれていた。どこかで独りっきりになり万歳三唱でもしたい気持ちだった。感激でいっぱいだった。我々が欲張った内容がほとんど入っていた。ただ一つ、漏れていたとすれば、首脳会談の定例化だった>

 2007104日の南北首脳の共同宣言「南北関係発展と平和繁栄のための宣言」はこうしてできたのだった。しかし、この宣言は実行されないまま今日に至っている。盧武鉉大統領の任期は宣言4カ月後の20082月に切れ、それを前に0712月におこなわれた大統領選では保守の李明博氏が当選したのだった。
 
李明博政権で対北政策は大きく転換、南北関係は断絶状態となっていった。続く、やはり保守の朴槿恵政権で対立と断絶はさらに深まり、一触即発の様相さえみせた。核問題もますます深刻化していった。文在寅氏は回顧録で振り返る。

<過ぎてみると、やはり惜しいのは南北首脳会談がもう少し早く開かれるべきだったということだ。そうすることもできた。6者協議の共同声明(「919声明」)が出て首脳会談の雰囲気が熟した時点で持ち上がった米財務省の「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」凍結措置(金融制裁)が南北首脳会談まで凍結させてしまった。

おかげで1年間が空白となった。その空白なしに首脳会談が開かれていたら、南北関係はもっと進んでいたはずだ。もっと惜しかったのは国会批准だ。首脳会談はうまくいったが、任期が多く残っていない状況だった。

次期政権に移行する前に会談の成果を強固にしておく必要があった。南北首脳間の合意は法的にいえば、国家間の条約の性格を持つ。「104共同宣言」は国家や国民に重大な財政的負担を負わせる条約に該当した。それで私は首脳会談合意について国会で批准同意を受けておくのがいいと強調した>

■「10・4共同宣言」の復活狙う?
しかし、文在寅氏の主張は通らないまま、盧武鉉政権の任期は尽きた。続く保守政権下で共同宣言は店晒しとなったのだった。

その時から10年。いま文在寅氏は大統領となり、5年任期の最初の1年という段階で、北の首脳、金正恩委員長と直接向き合うことになった。

いま、2007年とは状況が大きく違う。この間、北朝鮮は核実験と弾道ミサイル発射を繰り返し、非核化のハードルは比べようもなく高くなっている。

しかし、任期中の時間は十分にある。文大統領はまず、非核化問題のクリアに注力し、その先に「104宣言」を甦らせようとしているのは間違いない。

 太陽政策
金大中政権(1998年~2003年)の対北政策の通称。「関与政策」「包容政策」「和解協力政策」とも呼ばれ、次の3つの原則をうたっていた。

 どのような武力挑発も認めない

 我々には、北を害したり吸収したりする考えはない
 南北間の和解と協力を進めていく

金大中政権下、統一相や国家情報院長として「太陽政策」を推進した林東源氏は次のように説明していた。

旅人の外套を脱がせたのは北風でなく太陽だった――。そんなイソップの寓話にちなみ、北がかたくなに閉じこもっている独特の体制の殻を、和解と交流を進めることによって脱がせ、変化を促していこうというものだ。

金大中政権の対北政策は、続く盧武鉉政権に引き継がれて「平和繁栄政策」として推進され、文在寅氏はそれを支えた。

文在寅大統領は昨年615日、「南北首脳会談17周年記念式典」での演説で「金大中政権の和解協力政策と盧武鉉政権の平和繁栄政策を今日に合うように継承・発展させていこう」と訴えた。
 

2018年1月5日金曜日

韓国の「日韓慰安婦合意検討結果報告書」全訳

慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」をうたった日韓慰安婦合意(2015年)について「内容が不十分だった」とした韓国外相直属の検証チームの昨年末の報告書は、文在寅大統領が「これでは慰安婦問題は解決されない」と引き取るなど、日韓間に大きな波紋を広げている。慰安婦問題、そして日韓関係はどうなるのか。

それを占ううえで、韓国の慰安婦合意検証チームが出した報告書を読み直してみた。そこには韓国側の論理と思いが綿々と綴られており、日本のメディアで一般に報じられる日本側の受け止めとのギャップを改めて感じてしまう。

結論を急ぐ前に、まずは、その報告書の全訳(仮訳)をここに紹介したい。

テキストには、韓国外交省HP上に掲載された20171227日付の「韓日・日本軍慰安婦被害者問題合意検討結果報告書」(http://www.mofa.go.kr/upload/cntnts/www/result_report.pdf)を使い、原文にできるだけ忠実な翻訳を心掛けた。              <波佐場 清>
「慰安婦合意」の検討結果を発表する呉泰奎TF委員長=韓国外交省HPより

韓日・日本軍慰安婦被害者問題合意(20151228日)検討結果報告書
                            20171227
          韓日・日本軍慰安婦被害者問題合意検討タスクフォース

Ⅰ.「韓日・日本軍慰安婦被害者問題合意検討タスクフォース」の発足
20151228日、韓国と日本の外相は共同記者会見で日本軍慰安婦被害者問題(以下「慰安婦問題」)に関する両国間の合意内容(以下「慰安婦合意」)を発表した。これによって、韓日両国間の重要な外交懸案であったばかりでなく、国際社会が注目してきた慰安婦問題が一段落したかに見えた。

しかし、この合意の直後、批判の世論が起き始めた。時間が経つにつれ、国民の多数が反対するところとなり、被害者及び関連団体をはじめ市民社会の反発が目立つようになってきた。とくに、朴槿恵大統領弾劾後の2017年の第19代大統領選挙では与野党を問わず主要政党の候補らが合意の無効化または再交渉を公約に掲げた。

2017510日、文在寅政権が誕生した。外交省は731日、外相直属の「韓日・日本軍慰安婦被害者問題合意検討タスクフォース」(以下「慰安婦TF」)を設置して慰安婦合意の経緯と内容を検討・評価することになった。慰安婦TFには委員長はじめ韓日関係、国際政治、国際法、人権など、様々な分野の委員9人が参加した。

<慰安婦TF委員名簿>

委員長
呉泰奎
元寛勲クラブ総務(元ハンギョレ新聞論説委員室長)
副委員長
宣美羅
韓国人権財団理事長
趙世暎
東西大学特任教授
民間委員
金恩美
梨花女子大学国際大学院教授
延世大学国際学大学院教授
梁起豪
聖公会大学日本語日本学科教授
外交省委員
ペク・チア
백지아
国立外交院外交安保研究所長
ユ・キジュン
유기준
国際法律局審議官
ファン・スンヒョン(
国立外交院教授

慰安婦合意後、市民社会、政界、メディア界、学界から、被害者の参加、裏合意、「最終的・不可逆的な解決」といったことと関連して様々な疑惑や批判が提起されてきた。慰安婦TFはこのような疑問と関心にこたえるよう努力した。

慰安婦TF2014416日の慰安婦問題関連第1回韓日局長級協議から、20151228日の合意発表までを検討期間とした。また、事案をより正確に理解するために検討期間前後の経過と国内外の動向も調べてみた。

TFは都合20余回にわたって会議と集中討論をおこなった。TFは外交省が提供した交渉経緯に関する資料を優先的に検討した後、これを土台に、必要な文書を外交省に要請して閲覧した。外交省が作成した文書を主に検討し、外交省が受け取ったり、保管したりしていた青瓦台と国家情報院の資料も見た。文書と資料だけでは十分把握できなかった部分に関しては交渉の主要関係者と面談して意見をきいた。

慰安婦TFは次のような基準で経緯を把握し、内容を評価した。

1.まず、「被害者中心のアプローチ」だ。慰安婦問題の解決は本質的に「加害者対被害者」という構図にあって被害女性の尊厳と名誉を回復し、傷を癒すところにある。被害救済の過程で被害者が参加することが何よりも重要で、政府は被害者の立場と意思を集約して外交交渉に臨む責務がある。

2.戦時性暴力の慰安婦問題は、反人道的な不法行為であり、普遍的な人権の問題だ。国際社会は戦時性暴力の問題に関する持続的で体系的な解決努力をし、被害救済のための国際規範を発展させてきた。したがって、慰安婦問題に関しては韓日2国間だけではなく、国際的な次元も同時に考慮されるべきだ。

3.過去とは違い、今日の外交は政府官僚の手に全的に委ねられるものではなく、国民と共になされなければならない。ましてや慰安婦問題のように国民の関心が高い事案は、国民と共に呼吸を合わせ、民主的な過程と手続きを経ることで正しく解決できる。

4.慰安婦問題は韓日関係だけでなく、韓国外交全般に大きな影響を及ぼす事案だ。したがって、関係省庁間、交渉関係者間の有機的な協力システムと緊密な意思疎通を通して全般的な対外政策との均衡がとれた交渉戦略を準備することが重要だ。

慰安婦TFはこの報告書で、慰安婦合意がなされた経緯を調べ、(1)合意内容(2)合意の構図(3)被害者中心の解決(4)政策決定の過程及びシステム――に分けて評価した。

慰安婦TFは慰安婦合意の経緯と内容に関する検討及び評価に任務が限定されたため、慰安婦合意に関する今後の処理方向については扱わなかった。

<慰安婦TF会議開催日誌>

全体会議(計12回)
補足会議(計10回)
TF発足と第1回会議
731
2回会議
825
3回会議
91
31回会議
97
4回会議
915
41回会議
922
5回会議
929
6回会議
1013
61回会議
1017
7回会議
1027
71回会議
116
8回会議
1110
81回会議
1114
9回会議
1124
 
91回会議
121
92回会議
122
93回会議
126
10回会議
128
101回会議
1215
102回会議
1218
11回会議
1222
12回会議
1226

121日から1216日まで集中討論


Ⅱ.慰安婦合意の経緯
1.局長級協議までの段階(~20144月)
19918月、日本軍慰安婦被害者として初めてなされた金学順さんの公開証言は韓日両国だけでなく、国際社会に向けて本格的に慰安婦問題を公論化するきっかけとなった。

933月、金泳三大統領は慰安婦問題に関して日本に金銭的な補償を求めず、韓国政府が被害者を直接支援すると明らかにした。その代わりに日本政府に対し、慰安婦問題の真相を調査するよう求めた。[1]

[1]19933月、韓国外務省は、政府独自の救護対策を準備し、日本側に対して誠意ある真相調査を求めると発表した。同年6月、「日帝下の日本軍慰安婦被害者に対する生活安定支援法」が制定されて被害者1人当たり500万ウォンの生活保護基本金が支給された。また、生活保護法や医療保護法に基づき、生活支援金の支給(月15万ウォン)や医療面の支援もなされるところとなった。984月、金大中政権は被害者に対する生活保護基本金を4300万ウォンに増やすなど、被害者支援を強化した。

日本政府は938月、慰安所の設置や管理に日本軍が関与し、日本軍慰安婦の募集や移送が総じて本人の意思に反して行われたことを認める河野官房長官談話を発表した。これを契機として韓国政府は同じ日に慰安婦問題を韓日両国間の外交交渉の対象にしないとの方針を明らかにした。

日本政府は957月、「女性のためのアジア平和国民基金」(以下「アジア女性基金」)を設立して慰安婦被害者に対し、日本の総理名義のおわびの手紙とともに人道的な措置として金銭を支給した。[2]

[2]アジア女性基金から金銭を受け取った韓国人被害者は公式には7人と把握されているが、20146月、日本政府が発表した河野談話検討報告書ではアジア女性基金が韓国人被害者61人に1人当たり200万円の償い金と医療福祉支援金300万円を支給したと記述している。

日本政府は、1965年の「大韓民国と日本国間の財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する協定」(以下「請求権協定」)で、慰安婦問題はすでに解決済みで法的責任はない、という立場をとっている。一方、韓国政府は、反人道的不法行為の慰安婦問題は両国間の経済的、民事的債権・債務関係を扱った請求権協定では解決されない事案だという立場だ。[3]

[3]2005826日、韓国総理室傘下の「韓日会談文書公開後続対策関連民間共同委員会」は「日本軍『慰安婦』問題など、日本政府・軍といった国家権力が関与した反人道的不法行為については、請求権協定によって解決したとみることはできず、日本政府に法的責任が残っている」と発表した。

韓日両国の立場が平行線をたどるなか、20118月、韓国の憲法裁判所は慰安婦問題に関する違憲の決定を下した。憲法裁判所は、請求権協定で慰安婦被害者の日本に対する賠償請求権が消滅したかに関して、韓日両国間に解釈上の紛争があり、韓国政府がこれを請求権協定の紛争解決手続き[4]に基づいて解決していないのは違憲だと決定した。これに伴い、韓国政府は2011年の9月と11月の2回にわたって請求権協定第3条第1項に基づく両国間協議を日本に要請した。しかし、日本は応じなかった。

[4]請求権協定によると、協定の解釈及び実施に関する両国間の紛争は、まず外交上の経路を通じて解決するものとし(第3条第1項)、外交上の経路で解決できなかった紛争は仲裁によって解決(第3条第23項)するよう規定している。

201112月、韓日首脳会談で李明博大統領は慰安婦問題の解決へ、日本政府の決断を求めた。日本側は20123月、「佐々江案」として知られる人道次元の解決構想[5]を非公式に提案したが、韓国政府は国家責任を認める必要があるという理由で拒否した。2012年後半、韓日両国政府は水面下で慰安婦問題に関する協議を推進したりもしたが、成果は得られなかった。

[5]20123月、日本外務省の佐々江賢一郎事務次官が提示した構想で、①日本の総理の謝罪表明②政府予算による医療費支援など人道措置実施③駐韓日本大使による被害者訪問――という内容が盛られていた。

20132月に発足した朴槿恵政権は日本を説得して誠意ある措置を引き出す、という方針を立て、日本側に慰安婦問題を話し合う実務協議の開催を持続的に要求した。しかし、慰安婦問題を含む歴史認識をめぐっての両国首脳の見解の違いからこれといった進展はなかった。

2.局長級協議による解決への努力(20144月~20152月)
201432425日、オランダのハーグで核セキュリティ・サミットが開かれた。米国は韓米日3国協力の次元から韓日関係改善に努力し、325日、韓米日3国首脳会談が別途、開かれた。この過程で韓日両国は慰安婦問題を扱う局長級協議を始めることに合意した。

慰安婦問題と関連した韓日局長級協議は韓国外交省東北アジア局長と日本外務省アジア大洋州局長の間で2014416日から20151228日の合意発表前日まで、計12回にわたって開かれ、その間、非公開協議もあった。

<慰安婦問題関連韓日局長級協議の開催日時・場所>

日時
区分
場所
日時
区分
場所
2014416
1回協議
ソウル
316
7回協議
ソウル
    515
2回協議
東京
611
8回協議
東京
    723
3回協議
ソウル
918
9回協議
東京
    919
4回協議
東京
1111
10回協議
ソウル
    1127
5回協議
ソウル
1215
11回協議
東京
2015119
6回協議
東京
1227
12回協議
ソウル

局長級協議が始まった後も双方、基本スタンスだけを繰り返し、なかなか交渉が進まなかった。そこで、交渉代表のレベルを上げて直接首脳と意思疎通のできる高位級の非公開協議が必要だという意見が双方から出始めた。

3.高位級協議による合意(20152月~12月)
1)高位級協議開始
韓国政府は局長級協議の膠着状態を解くために2014年末、高位級協議を並行して推進する方針を決めた。この時点から話し合いの中心は高位級の非公開協議に移ることとなった。日本側は交渉代表に国家安全保障局長(訳注:谷内正太郎氏)を立てたのに伴い、韓国側は大統領の指示によって李丙琪・国家情報院長が代表となった。[6]

[6] 李丙琪氏は最初から最後まで高位級協議の代表を務めた。第1回協議の時は国情院長だったが、第2回協議直前の20152月、大統領秘書室長となった。

2)高位級協議による暫定合意
1回高位級協議は20152月に始まり、同年1228日の合意発表直前まで8回にわたる協議があった。双方は随時、高位級代表間の電話協議と実務級レベルの協議も並行しておこなった。主務省庁の外交省は高位級協議に直接加わることができず、高位級協議の結果が青瓦台から伝えられた後で、それを検討し、意見を青瓦台に伝達した。

韓国側は、第1回高位級協議に先立って20151月に開かれた第6回局長級協議で、中心となる要求事項として、「道義的」などといった修飾語のない日本政府の責任認定をはじめ、これまでよりは進んだ内容の公式謝罪と謝罪の不可逆性の担保、日本の政府予算を使った措置の実施を提示した。

日本側は、第1回高位級協議で、日本側が取る措置と共に最終的・不可逆的な解決の確認、在韓日本大使館前の少女像問題の解決、国際社会での非難・批判の自制など、韓国側が実施する措置を提示した。日本側はこれを公開部分と非公開部分に分けて合意に盛り込むことを希望した。

双方は高位級協議の開始から約2カ月経った2015411日の第4回高位級協議で大部分の争点について暫定合意に達した。合意内容には、日本政府の責任問題、謝罪、金銭的措置という3つの中心事項はもとより、最終的・不可逆的な解決、少女像問題、国際社会での相互の非難・批判自制といった項目が含まれていた。また、関連団体の説得、第三国における慰安婦関連の像や碑の設置、「性奴隷」という用語に関したことなど、非公開とした内容も含まれていた。

3)高位級協議の膠着と最終合意
20154月の暫定合意内容について両国首脳の追認を受ける過程で、日本側は、非公開部分の第三国における慰安婦関連の像や碑の設置と関連して、そうした動きを韓国政府は支持しないとする内容を追加することを希望した。韓国側はそうしたことは、すでに妥結した内容の本質にかかわる修正になるので受け入れられないとした。

そんな中で20156月末、いわゆる「軍艦島」をはじめとする日本の近代産業施設のユネスコ世界遺産登録をめぐって両国政府間の対立が大きくなり、慰安婦問題に関する協議もそれ以上進展しなかった。

2015111日、ソウルで開かれた韓日中3国首脳会議は、中断していた高位級協議再開のきっかけとなった。翌2日の韓日首脳会談で両首脳は国交正常化50周年という点を考慮し、できるだけ早いうちに慰安婦問題を妥結させることで意見の一致をみた。朴槿恵大統領は年内妥結に強い意欲を示し、20151223日、第8回高位級協議で最終妥結した。

韓日外相は20151228日、ソウルで開いた会談で合意内容を確認、続いて開いた共同記者会見で、それを発表した。同じ日、両国首脳は電話で合意内容を再度、確認した。そして大統領は慰安婦問題と関連した対国民メッセージを発表した。

最終合意の内容は第3国における慰安婦関連の像や碑の設置と、少女像に関する部分で一部修正がなされたほかは暫定合意の内容と同じだった。

Ⅲ.慰安婦合意の評価
次に、合意内容、合意の構図、被害者中心の解決、政策決定過程及び体系に分けて評価した。
1.合意内容 
1)公開部分 
ア)日本政府の責任

(韓日外相共同記者会見での日本側発表内容)
❏慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している。

責任部分で日本政府の責任を修飾語抜きで明示したのは、責任に関する言及がなかった河野談話や、「責任」の前に「道義的」という語が付いていたアジア女性基金当時の日本の総理の手紙と比べて進展があったとみることができる。また、「日本政府として責任を痛感」するとしたのに加え、総理の謝罪と反省の気持ちの表明、そして日本の政府予算拠出を前提とした財団の設立が合意内容に含まれたことは日本が法的責任を事実上認めたものと解釈できる側面がある。

しかし、日本政府は請求権協定で慰安婦問題はすでに解決済みで、法的責任は存在しないという立場を堅持している。日本側は交渉の全過程を通じ、そして交渉妥結直後の首脳間の電話会談に至るまで、一貫してこのような立場を繰り返した。

韓国政府は、日本がその法的立場を固守していて法的責任を認めさせるのは難しいとみて、日本政府が法的責任を事実上認めたものと解釈できるような現実的な方案を推進した。韓国側は「消耗的な法理論争を繰り広げるよりは、被害者を中心に考え、被害者が納得できる内容を引き出せるような工夫をするのが望ましい」という立場で交渉を進めた。

法的責任の認定は、被害者側の中心要求事項の一つだった。外交省も内部検討で、この問題は国内を説得するうえで中心となるものであり、単に「日本政府の責任」とした場合、国内説得が難航すると認識していた。韓日双方とも、そうした点を予想し、「発表内容に関する記者質問に対する応答要領」で、「合意文における『責任』の意味についての質問には『日本軍慰安婦被害者問題は当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している』という表現そのままであり、それ以上でも以下でもない」と答弁することで調整をおこなった。[7]

[7]「発表内容に関する記者質問に対する応答要領」には、上記内容にも下記のような内容が入っていた。
(質問)今回の合意に伴って実施しようとしている具体的な事業はあるのか。また、その事業に伴う予算規模はどの程度と見積もっているのか?
(答え)韓国政府が日本軍慰安婦被害者に対する支援を目的に財団を設立し、そこに日本の政府予算で資金を一括拠出し、韓日両国政府が協力してすべての日本軍慰安婦被害者の名誉と尊厳の回復、心の傷を癒すための事業を実施することとする。具体的には、▽すべての日本軍慰安婦被害者の名誉と尊厳の回復に寄与する心の傷を癒すための措置▽医療サービスの提供(医薬品の支給を含む)▽健康管理及び療養、看病支援▽上記財団の目的に照らしてその他の適切な措置――を考えているが、事業はこの先、韓日両国政府間で合意した内容の範囲内で実施する。日本政府が拠出する予算規模についても今後調整していく予定だが、ざっと〓円程度と想定している。

韓国側は協議で、それまでの日本の「道義的な責任痛感」より進展した「責任痛感」という表現を引き出した。しかし、「法的」責任とか、責任の「認定」という言葉は引き出せなかった。韓国側はこれを補完するために被害者訪問など、被害者の心をつかめる措置を日本側に要求したが、合意に盛り込むことはできなかった。

イ)日本政府の謝罪

(韓日外相共同記者会見での日本側発表内容)
❏安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する。

安倍総理は内閣総理大臣の資格で謝罪と反省を表明した。過去、アジア女性基金当時、被害者に伝達された日本の総理の手紙にも「おわびと反省の気持ち」という表現は入っていたが、慰安婦合意ではもう少し公式的な形で、このような意思表明したという点で、これまでよりは良くなったと見ることができる。

被害者及び関連団体は日本政府の「後戻りできない」謝罪を求めてきており、韓国政府も交渉の過程で、不可逆的で公式性の高い内閣決定(閣議決定)形態の謝罪を要求した。しかし、そこには至らなかった。また、その形式は、被害者に謝罪と反省の気持ちを直接的に伝えるものではなかった。内容も、アジア女性基金の総理の手紙の中から「道義的な」という単語だけを抜き、同じ表現と語順をそのまま繰り返した。

ウ)日本政府の金銭的措置

(韓日外相共同記者会見での日本側発表内容)
❏日本政府は、これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ、その経験に立って、今般、日本政府の予算により、全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には、韓国政府が、元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し、日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。

金銭的措置の部分では、アジア女性基金と違い、日本政府が全額、予算から拠出した資金で韓国内に財団が設けられた。[8] そして、合意当時生存していた被害者47人のうちの36人と、死亡した被害者199人の遺家族68人がこの財団からお金(生存者1億ウォン、死亡者2千万ウォン)を受け取るか、受け取る意思を示すかした(1227日現在)。

[8]高位級協議で合意した「財団設立に関する措置内容」には下記のようなものが含まれている。
 
―すべての日本軍慰安婦被害者の名誉と尊厳の回復及び心の傷を癒す目的で、韓国内の適切な財団に対して日本政府はその予算によって資金を一括拠出し、事業の財源とする。(※日本政府の予算による拠出は1回に限る)
 
―同財団の活動は以下のようなものとする。▽目的:すべての日本軍慰安婦被害者の名誉と尊厳の回復及び心の傷の癒し▽対象:すべての日本軍慰安婦被害者▽事業:①すべての日本軍慰安婦被害者の名誉と尊厳の回復に寄与する心の傷の癒しのための措置、医療サービスの提供(医薬品の支給を含む)②健康管理及び療養看病支援③上記財団の目的に照らして適切なその他の措置▽実施体制:財団は両国政府間で合意された内容の範囲内で事業を実施する。財団は両国政府に対して事業の実施について定期的に通報するものとし、必要時、両国政府間で協議する。
 
―財団設立の方法:韓国政府は公益法人の設立手続きに従って政府登録公益財団の形態を推進する。
 
―財団設立及び日本政府の予算拠出手続きは以下のように推進:①韓国内に財団設立準備委員会を発足させる②両国政府間で、財団の事業内容及び実施方式等を含む口上書を交換③準備委員会と韓国政府の間で、財団事業など権限委任のための書簡を交換④準備委員会と日本政府の間で、資金拠出のための書簡を交換⑤日本政府の財団に対する資金拠出

慰安婦問題は請求権協定で解決されており、法的責任はないとする日本を相手に、日本政府の予算だけを財源として個人に金銭が支給されるようなことはこれまでなかった。[9]

[9]高位級協議で合意した「財団設立に関する論議記録」には次のような内容がある。

―現金支給と関連して、韓国側代表から、使用先を問わない現金を日本軍慰安婦被害者に配ることは考えていないが、本当に必要な場合にはその使用先によっては現金を支給するケースを排除しないことを望むという意味の発言があったことを勘案、日本側代表はそのことを前提として「現金の支給は含まない」とする表現の削除に同意した。

―「財団は両国政府に対して事業の実施について定期的に通報し、必要時、両国政府間で協議する」という文案について日本側代表から、この文案に同意するには日本政府の意図に反して財団の事業が実施されないことを確認するよう望むとの言及があった点について、韓国側代表からそのようにする、との趣旨の応答があった。

しかし、日本側は合意直後から、財団に拠出する資金の性格は法的責任による賠償ではないとしている。一部被害者と関連団体も賠償次元のお金ではないので受け取ることはできないといっている。このように、被害者の立場から見て責任問題が完全に解決されない限り、被害者がお金を受け取ったとしても、慰安婦問題が根本から解決したことにはならない。

日本政府が出す資金が10億円と決まったのは客観的な算定基準によるものではなかった。韓日外交当局の交渉過程で韓国政府が金額に関して被害者の意見を集約したという記録は見ることができなかった。

また、韓国で設立された財団から被害者と遺家族にお金を渡す過程で、受け取る人と受け取らない人が出た。これによって、慰安婦問題は韓日間の対立から韓国内部の対立へと構図が変わった側面がある。

エ)最終的かつ不可逆的な解決

(韓日外相共同記者会見での日本側発表内容)
❏日本政府は上記を表明するとともに、以上に申し上げた措置(外相会談時は「上記(2)の措置」と表現[10]を着実に実施するとの前提で、今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する
(韓日外相共同記者会見での韓国側発表内容)
❏韓国政府は、日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し、日本政府が先に表明した措置(外相会談時は「上記1.(2)の措置」と表現)を着実に実施するとの前提で、今回の発表により、日本政府と共に、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は、日本政府の実施する措置に協力する。
※下線は慰安婦TFで追加

[10]双方が高位級協議で合意した内容は「日本政府は上記を表明するとともに、上記(2)の措置を着実に実施するとの前提で」となっていたが、日本側は共同記者会見で「以上に申し上げた措置を着実に実施するとの前提で」と表現した。韓国側は事前に合意した内容である「日本政府が上記1.(2)の措置を着実に実施するとの前提で」を、共同記者会見では「日本政府が先に表明した措置を着実に実施するとの前提で」と発表した。

最終的・不可逆的な解決という表現が合意に入った点については、合意発表後、韓国内で論難が大きい。

「不可逆的」という表現が入った経緯をみると、20151月の第6回局長級協議で韓国側が最初にこの用語を使った。韓国側はこれまで以上に進展した日本の総理の公式謝罪がなければならないとし、不可逆性を担保するために閣議決定を経た総理の謝罪表明を求めた。

韓国側は日本の謝罪が公式性を持たなければならないとする被害者団体の意見を参考に、このような要求をした。被害者団体は、日本はその間、謝罪した後で覆す事例が頻りだったとして、日本が謝罪する場合、「後戻りできない謝罪」にならなければならないという点を強調してきた。20144月、被害者団体は「日本軍慰安婦問題解決のための韓国市民社会の要求書」の中で「犯罪事実と国家責任に関して覆すことができない明確な方式の公式認定と謝罪及び被害者に対する法的賠償」を主張していた。

日本側は局長級協議の初期には、慰安婦問題が「最終的」に解決されなければならない、とだけ言っていたが、韓国側が第6回局長級協議で謝罪の不可逆性の必要性に言及した直後の第1回高位級協議から「最終的」のほかに「不可逆的」な解決も併せて要求してきた。

20154月の第4回高位級協議では、このような日本側の要求を反映した暫定合意がなされた。韓国側は「謝罪」の不可逆性を強調したのだが、当初の趣旨とは異なり、合意では「解決」の不可逆性を意味するものへと脈絡が変わった。

外交省は暫定合意直後、「不可逆的」という表現が含まれれば、国内で反発が予想されるので削除する必要がある、との検討意見を青瓦台に伝達した。しかし、青瓦台は「不可逆的」は責任の痛感・謝罪を表明した日本側にも効果が及ぶとの理由で受け入れなかった。

「最終的かつ不可逆的な解決」という表現が入った文章の前に「日本政府が財団関連の措置を着実に実施するとの前提で」という表現を入れようと最初に提案したのは韓国側だった。韓国側は、合意発表の時点では日本政府の予算拠出がまだなされていないと見込まれるため、その履行を確実に担保するためにこのような表現を提案した。

この一節が「最終的で不可逆的な解決」の前提に関する論争を生んだ。日本政府が予算を拠出するだけで慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決すると解釈される余地を残したからだ。しかし、韓国側は協議の過程で、韓国側の意図が確実に反映される表現を盛り込もうとする積極的な努力をしなかった。

結局、双方は慰安婦問題の「解決」については、「最終的・不可逆的」と明確に表現しながら、「法的責任」の認定は解釈上できるだけ、という線で合意した。それにもかかわらず、韓国政府は日本側の希望に沿い、最終合意に当たって日本政府の表明と措置を肯定的に評価した。また、日本政府が実施する措置に協力するとも言い及んだ。

オ)在韓日本大使館前の少女像

(韓日外相共同記者会見での韓国側発表内容
❏韓国政府は、日本政府が在韓日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持という観点から懸念している点を認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議等を通じて、適切に解決されるよう努力する。

日本側は少女像問題に関して格別な関心を示した。慰安婦合意の内容は、韓国外相が共同記者会見で発表した部分と発表しなかった部分に分かれているが、少女像の問題は両方に含まれている。

少女像問題と関連して双方が非公開とした部分は次の通りだ。

日本側は「今回の発表によって慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決されるので、韓国挺身隊問題対策協議会(以下「挺対協」)など各団体が不満を表明する場合も韓国政府としてはこれに同調せず、説得してくれるよう希望する。日本大使館前の少女像をどのように移転するのか、具体的な韓国政府の計画を聞きたい」と述べた。

これに対して韓国側は「韓国政府は日本政府が表明した措置の着実な実施を前提に、今回の発表で、日本軍慰安婦被害者の問題は最終的かつ不可逆的に解決されることを確認し、関連団体等の不満表明がある場合、韓国政府としては説得に努力する。韓国政府は日本政府が日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持という観点から懸念している点を認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議等を通じて適切に解決されるよう努力する」とした。

日本側は協議の初期段階から少女像移転の問題を持ち出し、合意内容の公開部分に含めるよう希望した。韓国側は少女像問題を協議対象にしたとの批判を懸念してこの問題を合意内容に含めることに反対した。しかし、協議の過程で結局、これを非公開部分に入れようと提案した。

双方、具体的な表現をめぐり、もみ合いの末に、最終的には「関連団体との協議等を通じて適切に解決されるよう努力する」との表現が、公開部分と非公開部分の両方に同じように入ることとなった。韓国側は、これは少女像の移転に合意したものでなく、発表内容にある「努力」以上に、別途に約束はないと説明してきた。とくに、国会やメディアからの「公開された内容以外の合意があるのか」との問いに対し、少女像と関連してそのような合意はないとの趣旨を答えてきた。

しかし韓国側は、公開部分の少女像関連の発言とは別途、非公開部分で、日本側が少女像問題について提起したのに呼応する形で、提起内容と同様の発言を反復していた。非公開部分における韓国側の少女像関連の発言は、公開部分の脈絡とは異なり、「少女像をどのように移転するのか、具体的な韓国政府の計画を聞きたい」とする日本側の発言に呼応する形になっている。

少女像は民間団体が主導して設置されただけに政府の関与で撤去するのは難しいとしてきたのに、韓国側はこれを合意内容に含めていた。このため、韓国政府が少女像を移転する約束はしていないとしていた意味合いは薄らいだ。

カ)国際社会での非難・非難自制

(韓日外相共同記者会見での日本側発表内容)
❏あわせて、日本政府は、韓国政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える。
(韓日外相共同記者会見での韓国側発表内容)
❏韓国政府は、今回日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で、日本政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える。

国際社会で相互の非難・批判を控える問題に関しても韓国側はやはり、この問題は慰安婦問題が解決すれば自然と解決していくと主張したが、日本側はそのような内容を盛り込むことを引き続き希望した。韓国側は「日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で」、非難・批判を「互いに」控えることで同意した。

慰安婦合意の後、青瓦台は外交省に基本的に国際舞台で慰安婦関連の発言をしないように、と指示したりもした。それで、さも、この合意によって国際社会で慰安婦問題を取り上げない約束をしたかのような誤解を招いた。

しかし、慰安婦合意は韓日2国間次元で日本政府の責任、謝罪、補償の問題を解決するためのものであって、国連など国際社会において普遍的な人権問題や歴史的教訓として慰安婦問題を取り扱うことを制約するものではない。

2)非公開部分
慰安婦合意には両国外相の共同記者会見での発表内容以外に、非公開の部分があった。このような方式は日本側の希望に沿って高位級協議で決まった。非公開部分は、①外相会談での非公開言及②財団設立に関する措置内容③財団設立に関する論議記録④発表内容に関する記者質問に対する応答要領――からなっている。[11]

[11]高位級協議で論議された「財団設立に関する論議記録」などに基づいて「和解・癒し財団」が設立され、関連事業が実施された。「財団設立に関する措置内容」はこの報告書の[8]、「財団設立に関する論議記録」は[9]、「発表内容に関する記者質問に対する応答要領」は[7]で確認できる。

非公開の内容は、挺対協など被害者関連団体への説得、日本大使館前の少女像、第三国における慰安婦関連の像や碑の設置、「性奴隷」という用語の問題など、国際的にデリケートな事項だ。非公開内容は日本側が最初に発言し、韓国側がこれに呼応する形になっている。

まず、日本側は(1)「今回の発表によって慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決することになるので、挺対協など各団体が不満を言う場合にも、韓国政府としては同調せず、説得してくれるよう希望する。日本大使館前の少女像をどのように移転させるのか、具体的な韓国政府の計画を聞きたい」(2)「第三国における慰安婦関連の像や碑の設置については、そのような動きは諸外国で各民族が平和と調和のうちに共生を望んでいる中、適切でないと考える」(3)「韓国政府がこんご『性奴隷』という単語を使わないよう希望する」――と言い及んだ。

これに受けて韓国側は、(1)「韓国政府は日本政府が表明した措置の着実な実施を前提に、今回の発表を通して日本軍慰安婦被害者問題は最終的かつ不可逆的に解決されることを確認し、関連団体などの不満表明がある場合、韓国政府としては説得に努力する。韓国政府は日本政府が日本大使館前の少女像について公館の安寧・威厳の維持という観点から懸念している点を認め、韓国政府としても可能な対応方向について関連団体との協議等を通じて適切に解決されるよう努力する」(2)「第三国での日本軍慰安婦被害者と関連した石碑や像の設置問題に関しては、韓国政府が関与することではないが、今回の発表に伴い、韓国政府としてもこのような動きを支援することなく、こんごの韓日関係が健全に発展するよう努力する」(3)「韓国政府はこの問題に関する公式名称は『日本軍慰安婦被害者問題』のみであることを改めて確認する」――と応じた。

韓国政府は、公開された内容以外の合意事項があるのかという質問に対し、「少女像との関連ではそのようなものはない」とする一方で、挺対協説得、第三国での慰安婦関連の像や碑の設置、「性奴隷」という表現――に関しては非公開の内容があるという事実は語らなかった。

韓国側は協議の初期段階から被害者関連団体に関する内容について非公開とすることを受け入れた。これは被害者中心、国民中心でなく、政府中心で合意したことを示している。

日本側は挺対協など被害者関連団体を特定して韓国政府に説得を要請した。これに対して韓国側は挺対協を特定はしなかったものの、「関連団体説得の努力」をする、と日本側の希望を事実上受け入れた。

また、日本側は海外での慰安婦関連の石碑や像の設置を韓国政府が支援しないとの約束を取り付けようとした。韓国側は、それは政府が関与することではないとして要求を拒んだが、最終段階で「支援することなく」という表現を入れることで同意した。

日本側は韓国側が性奴隷という表現を使わないよう望んだ。韓国側は性奴隷が国際的に通用する用語である点などを理由に反対したが、政府が使う公式名称としては「日本軍慰安婦被害者問題」のみであると確認した。

非公開部分の内容は韓国政府が少女像を移転したり、第三国で慰安婦関連の像や碑を設置できないよう関与したり、「性奴隷(sexual slavery)」という表現を使わないようにしたりといった具合に、約束こそしていないものの、日本側がこのような問題に関与できる余地を残した。

20154月の第4回高位級協議で暫定合意の内容が妥結した後、外交省は内部の検討会議で4つの点について修正・削除が必要であると整理した。そこには非公開部分のうち第三国での像や碑の設置と「性奴隷」という表現に関する問題の2点のほか、公開と非公開部分にまたがった少女像に関しても含まれていた。これは、外交省として非公開合意の内容が副作用をもたらし得ることを認知していたことを示している。

3)合意の性格
慰安婦合意は両国外相の共同発表と首脳の追認をへた公式の約束であり、その性格は条約ではなく、政治的な合意である。

韓日両国政府は高位級協議の合意内容を外相会談において口頭で確認し、会談直後、共同記者会見で発表した。そして、事前の約束通り、両国首脳が電話で追認する形式をとった。

双方が発表内容をそれぞれ公式ウェブサイトに掲載したが、内容で相互に一致しない部分が生じた。韓国外交省は外相共同記者会見で発表した内容を、日本の外務省は双方が事前合意した内容を公式ウェブサイトに掲示した。また、双方それぞれが公式ウェブサイトに載せた英語翻訳文にも違いがあり、混乱を大きくした。それで、実際に合意した内容がどういうものなのか、発表した内容がすべてなのか、といった点に関して疑惑と論議を呼んだ。

2.合意の構図
この間、被害者側の3大中心要求事項、即ち、日本政府による責任認定、謝罪、賠償という観点からみると、慰安婦合意はアジア女性基金など、これまでのものと比べて良くなったと見ることのできる側面がある。とくに、安倍政権を相手にこれだけの合意を成したことを評価する見方も一部にある。

3大中心事項は日本側が、とくにが他の条件を付けず、自発的に受け入れることが望ましかった。しかし、慰安婦問題の最終的・不可逆的な解決の確認、少女像問題の適切な解決努力、国際社会での相互の非難・批判自制など、日本側の要求を韓国側が受け入れる条件で妥結した。

韓国側は、初めのうちは河野談話で言及した将来世代に対する歴史教育、真相究明のための歴史共同研究委員会設置など、日本側がなすべき措置を提示して対抗したりもしたが、結局、日本側が描いた通りの協議をすることとなった。こうして3大中心事項と韓国側の措置が遣り取りされる方式で合意がなされたことで、3大中心事項である程度の進展があったと評価できる部分すら、その意味合いは色あせた。

加えて、公開部分のほかにも韓国側にとって一方的な負担となり得る内容が非公開で含まれていることが明らかになった。それもみな、市民社会の活動と国際舞台での韓国政府の活動を制約すると解釈される余地のある事項だ。このため、公開された部分だけでも不均衡な合意はいっそうアンバランスなものとなった。

3.被害者中心の解決
慰安婦合意で浮かび上がってきている重要な問題意識は、この合意が慰安婦被害者及び関連団体と、国連など国際社会が強調してきた被害者中心のアプローチとその趣旨を反映したものになっているかという点だ。韓国政府は慰安婦問題を戦時性暴力など普遍的な価値にかかわる問題として女性の人権を保護する次元で扱ってきた。

戦時における女性の人権問題との関連で被害者中心のアプローチについていえば、被害者を中心に据えて救済と補償がなされなければならないということだ。200512月の国連総会決議によると、被害者が味わった被害の深刻さ具合と被害が生じた状況の歴史的脈絡に沿ってそれに相応する、完全で効果的な被害の回復がなされなければならない。

朴槿恵大統領は慰安婦問題に関し、「被害者が受け入れることができ、韓国民が納得できる」解決、「国民目線にかない、国際社会も受け入れることができる」解決にならなければならないという点を強調していた。外交省は、局長級協議の開始が決まった後、全国の被害者団体、民間の専門家らと面談した。20151年間だけをとっても計15回以上にわたって被害者及び関連団体と接触した。

被害者側は慰安婦問題の解決には、日本政府の法的責任認定、公式謝罪、個人賠償の3つが何よりも重要だと言ってきた。外交省はこれらの意見と専門家の助言に基づき、修飾語の付かない日本政府の責任認定、日本の総理の公式謝罪、個人補償を主たる内容とする交渉案を準備して局長級と高位級協議に臨んだ。

外交省は交渉に臨むなかで、韓日両政府間で合意したとしても、被害者団体が受け入れなければ再び原点に戻らざるを得ないので、被害者団体を説得することが重要だという認識を持っていた。また、外交省は交渉を進める過程で、被害者側に時々、関連内容を説明した。しかし、最終的・不可逆的な解決の確認、国際社会での非難・批判の自制など、韓国側が取らなければならない措置があるということについては具体的に知らせなかった。金額に関しても被害者の意見を集約しなかった。結果的に、彼女らの理解と同意を引き出すことに失敗した。

被害者団体は合意発表直後、声明を出し、「被害者と支援団体、そして国民らの熱望は、日本政府が日本軍慰安婦犯罪に対して国家的、法的な責任を明確に認め、それに伴う責任を果たすことで被害者が名誉と人権を回復し、二度とこのような悲劇が起きないようにしろということだった」と反発した。また、最終的・不可逆的な解決と少女像問題が含まれたことについても強く批判した。

国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)は、日本政府の定例報告書に関する20163月の最終見解の中で「慰安婦問題は『最終的かつ不可逆的に解決される』とした発表は、『被害者中心のアプローチ』を十分に取っていなかった」と評価した。また、合意を履行する過程にあっては被害者の意を十分に汲み取り、真実、正義、賠償に関する被害者の権利が保障されるように、と日本政府に求めた。[12] 拷問禁止委員会[13]なども慰安婦合意に関して被害者中心のアプローチが欠けていたと指摘した。

[12]CEDAWCJPNCO7-82016

[13]20175月、拷問禁止委員会は、被害者の権利と国家責任を規定した拷問禁止条約第14条の履行に関する一般論評で、慰安婦合意が(この条項に)十分に沿っていないといった点などを指摘し、慰安婦合意の修正を勧告した。(CATCKORCO35

4.政策決定過程及び体系
慰安婦問題を外交事案として扱う際には人類普遍の価値を追求すると同時に対外政策全般との適切なバランスを考慮すべきだ。火が付きやすい慰安婦問題は慎重にアプローチしないと対日外交だけでなく外交全般に大きな影響が及ぶからだ。朴槿恵政権は慰安婦問題を韓日関係改善の前提とし、硬直した対応で、いろいろと負担を招きよせてしまった。

朴槿恵大統領は就任したその年、013年の「31節」の記念演説で「加害者と被害者という歴史的立場は千年の歴史が流れても変わらない」といい、対日強硬政策を主導した。韓国政府は慰安婦問題と首脳会談開催を結びつけたことで、歴史での対立と共に安保、経済、文化などの分野で高い代償を払った。政府次元の対立が相互の過剰反応と国際舞台における過度の競争を生み、国民レベルで感情の溝を深めた。

韓日関係の悪化は米国のアジア太平洋地域戦略にも負担となり、米国が両国間の歴史問題に関与する結果をもたらした。このような外交環境のもと、韓国政府は日本政府との交渉で慰安婦問題を速やかに解決しなければならない状況となった。

韓国政府は慰安婦問題と安保や経済などの部門を分けて対応することができず、「慰安婦外交」に埋没した。また、大統領は慰安婦問題の解決へ米国を通じて日本を説得するという戦略を主導した。何回かの韓米首脳会談の場で日本の指導層の歴史観のせいで韓日関係の改善がなされないと繰り返し強調した。しかし、このような戦略に効果はなく、却って米国内に「歴史疲れ」をもたらした。

慰安婦協議に関する政策決定権限があまりにも青瓦台に集中しすぎていた。大統領の側近参謀らは大統領の強硬姿勢が対外関係全般に負担となり得たのに、首脳会談と結び付けて日本を説得しようとする大統領の意向になびいた。ましてや大統領が意思疎通を欠いた状況にあって調整のなされない指示が出されるため、交渉関係者は思うように動けなかった。

主務省庁の外交省は慰安婦協議で脇役となり、中心となる争点部分に関して十分に意見を反映できなかった。また、高位級協議を主導した青瓦台と外交省の間で適切な役割分担や有機的な協力も足りなかった。

Ⅳ.結論
慰安婦TFはここまで、被害者中心のアプローチ、普遍的価値と歴史問題に向き合う姿勢、外交における民主的要素、省庁間の有機的協力と意思疎通を通した均衡のとれた外交戦略――といった面から合意の経緯をたどり、内容を評価してきた。

慰安婦TFは次のような4つの結論を下した。

1.戦時における女性の人権に関する国際規範として定着した被害者中心のアプローチが慰安婦協議に十分反映されず、一般的な外交懸案を扱うような遣り取りの中で合意がなされた。韓国政府は被害者が一人でも多く生存しているうちに問題を解決しなければならないという立場で協議に臨んだ。しかし協議の過程で被害者らの意見を十分に集約しないまま、政府の立場から合意をまとめた。今回のケースで見るように、被害者が受け入れない限り、政府間で最終的・不可逆的な解決を宣言したとしても問題は再燃するほかない。

慰安婦問題のような歴史問題は、短期間の外交交渉や政治的妥協で解決するのは難しい。長期的に共通の価値観と認識を広げ、将来世代に対する歴史教育も並行して進めるべきだ。

2.朴槿恵大統領は「慰安婦問題の進展なくして首脳会談はできない」と強調するなど、慰安婦問題を韓日関係全般と結び付けて解決しようとして、かえって関係を悪化させてしまった。また、国際環境の変化を受けて「2015年中の交渉終結」へと方針転換をして政策の混乱を招いた。慰安婦といった歴史問題は韓日関係だけでなく対外関係全般にあって負担にならないよう、バランスのとれた外交戦略を立てるべきだ。

3.今日の外交は国民と共にあるべきだ。慰安婦問題のように国民の関心が高い問題であるほど、国民と共に歩む民主的な過程と手続きがいっそう重視されなければならない。しかし、高位級協議は一貫して秘密交渉で進められ、発表された合意内容以外の、韓国側に負担となり得る内容を公開しなかった。

4.大統領、交渉責任者、外交省の間の意思疎通が不足した。結果、政策方向が環境変化に伴って修正または補完されるべきシステムが機能しなかった。今回の慰安婦合意は政策決定の過程で幅広い意見の集約や有機的な意思疎通、関連省庁間の適切な役割分担が必要なことを示している。

外交は相手があるだけに、最初に立てた目標・基準や検討過程で提起された意見をすべて反映させることはできない。しかし、このような外交交渉の特性と困難さを勘案したとしても、慰安婦TFは上記4つの結論を下さざるを得ない