2022年8月9日火曜日

「コリアン民族主義」と「愛国」自民の癒着

旧統一教会の考え方は、朝鮮半島を非常に重んじるコリアン民族主義だ。創設者の故・文鮮明氏は、日本が経済的に栄えたのは、韓国に財物をささげるためだと教えている。そうした国家観の組織と、愛国主義を唱える自民党の政治家が、なぜ付き合ってきたのか強く疑問に思う――。

霊感商法対策弁護士連絡会を立ち上げ、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の被害救済に取り組んできた山口広さんは、こんな疑問を提起している。(87日付京都新聞)

 

内田樹さんの「答え」

思想家の内田樹さんも『週刊金曜日』(812日号)で同じような問いかけを発し、自ら一つの「答え」を導き出している。

――愛国調の口吻で「日本スゴイ」と言い立てる人々が韓国人宗教家を「メシア」に想定し、韓国を男性、日本を女性に見立て、「男にひたすら尽くすのが女の道」というような異様なナラティブを掲げる組織とどうして癒着できるのか。

たぶん、「保守派」の方々は統一教会がどういう組織で、何をめざしているのかについて一通りのことは知っていたのだろうが、「そんなのはどうでもいいことだ」と思って無視していたのだろう。政治家にすれば、イベントに顔を出したり、祝電を送ったりすると、たっぷりと「見返り」がある。

統一教会は政治家たちの無知と無関心を梃子に自民党内部にケルンを築き、日本政府の政策決定に深い影響を与えてきた。政治家たちは統一教会を「便利な機械」だと思い、統一教会は政治家たちを「便利なエージェント」だと思っていた。

その通りなのだと思う。そのうえで、この問題をさらに掘り進めると、日本と朝鮮半島の間に堆積してきた歴史の鉱床に突き当たる。

歴史の影

内田さんが指摘するように、この教団は日本を「エバ国家」、韓国を「アダム国家」とし、妻が夫に仕えるように日本が韓国に尽くすのは当たり前といったふうに説いている。なぜ、そうなのかといえば、過去、日本が朝鮮半島を支配した歴史からいって、贖罪上、当然だとするのである。

教祖自身の歴史体験がそこに投影されているのかもしれない。文鮮明氏は、日本の植民地下の1920年、いま北朝鮮地域になっている平安北道定州郡で生まれ、41年日本に留学。日本では独立運動にも関与したといい、「警察に捕まって、取り調べを受けたり、殴られたり、留置所に拘禁されたりしたことも、数えきれないほどありました」と書いている。(『平和を愛する世界人として 文鮮明自叙伝』創芸社)

「日本は兄貴分」

そんな教団と日本の「愛国」自民保守派はどうして手を取り合えるのか。ナゾを解くカギは彼らの歴史観にある。85日付朝日新聞は、自民党の保守派有力衆院議員の発言を伝えていた。「日本は韓国の兄貴分」持論展開――という見出しが付いている。

衛藤征士郎・元衆院副議長である。同氏は(8月)4日の党会合で日韓関係について次のようなことを述べたという。

「韓国はある意味では兄弟国。はっきり言って、日本は兄貴分だ」「韓国ともしっかり連携し、協調し、韓国をしっかり見守り、指導するんだという大きな度量をもって日韓関係を構築するべきだ」

衛藤氏はさらに記者団の取材に対し、「発言の真意」について次のように述べたという。

「我が国はかつて韓国を植民地にした時がある。そこを考えた時に、韓国は日本に対してある意味、兄貴分みたいなものがある」「日本国民は日米関係を対等だと思っているか。僕は思っていない。同じように日韓関係は対等だと韓国が思っていると、僕は思っていない」「日本は常に指導的な立場に立ってしかるべきだ」

■「日鮮同祖論

驚くべき発言だが、この間の慰安婦や徴用工の問題をめぐる彼らの言動に照らすと、自民保守派といわれる人たちの歴史観とその対韓認識は大方のところ、そのようなものなのだろうと思う。そしてそれは、日本の韓国併合を正当化していったかつての「日鮮同祖論」と重なっているようにもみえる。 

この「同祖論」は、とくに明治以降、日本史研究家の重野安繹、星野恒や言語学者金沢庄三郎らによって唱えられた。簡単に言えば、日本人と朝鮮人の祖先は同じで、兄弟、あるいは一つの家族のようなものだ、ただし、日本人は常に家長や兄として指導する立場にある、とする主張だった。(鄭在哲著・佐野通夫訳『日帝時代の韓国教育史』=皓星社=など)

ともあれ、「愛国」自民保守派がなぜ……との問いに対する答えは、衛藤氏の発言の中に見出せると私は思う。 

「あだ花」

衛藤氏が言うように、「日韓は兄弟国で、日本が兄貴分として韓国をしっかり見守り、指導する立場に立ってしかるべき」という上から目線に立つと、自ずと「大きな度量」や余裕も生まれてくるというものだろう。

「韓国自身、日本と対等の関係にあるとは思っていない」と信じていれば、相手の少々の我がままだって大目に見てやれるし、いざというときは、いつでも言うことをきかせることができるという「自信」も生じる――そんな勝手な思い込みが元統一教会の問題をここまで肥大化、深刻化させてしまったのではないか。

同じことは、慰安婦や徴用工の問題についても言えるだろう。衛藤氏のような視点に立てば、日本はもう妥協する必要はない。日本が「指導」すれば、いずれ韓国側から歩み寄ってくる、と信じ込める。そんな心情が問題をいまのようにこじらせてしまったのではないのだろうか。

「日韓癒着」はかつて韓国の軍事政権と日本の保守勢力の間にもあった。元統一教会の問題は戦後のそんな流れのなかで生れ、肥え太ってきた歪な「あだ花」であるかのようにも見えてくる。

■歴史を肝に銘じて…

いま、韓国について改めて思うことがある。韓国の歴史にあってあの日本の植民地支配とは何だったのかということだ。この際、韓国の側に身を置いて考えてみるのも無意味なことではないだろう。

大陸から陸続きの朝鮮半島は過去、度重なる外からの侵攻をうけてきた。古くは、日本の教科書にも出てくる前漢・武帝による楽浪郡設置という名の一部地域の植民地支配。三国時代、百済、高句麗、新羅と隋、唐との葛藤もよく知られている。

高麗時代には首都が契丹族の遼に攻められて灰燼に帰し、モンゴルの侵攻では全土が蹂躙された。女真・満州族の清にも大変な屈辱を強いられた。 

以上のようなことはすぐに思い浮かぶが、見逃してならないのは、このような受難が繰り返されながらも、いつの時代も、この国、この民族の王朝がその命脈を保っていたということだ。つまり、根こそぎ完全な異民族支配ということはなかったのである。

唯一の例外が日本による、あの植民地支配だった。日本は朝鮮王朝を廃絶させ、国そのものを完全に奪い取り、「日本人への同化」の名のもとにこの民族の抹殺をはかろうとした。かつての日本はそういうことをやってしまったのである。

こんなことは朝鮮史を少し勉強すれば分かることだが、それがこの民族にとってどれほどの屈辱であったことか。これは「民族の記憶」として恐らく、この先100年、200……いや、永遠に引き継がれていくだろう。

こうした「過去」は、時の権力によって「不可逆的な解決」がなされたとしても「屈辱の記憶」は消え去らない。そうした記憶は、場合によっては、時の経過とともに却って純化されていくこともあるかもしれない。

日本はこのことを肝に銘じてこの隣国と向き合うべきだろう。そうした時、初めて相手も心を開くのではないか。                        (波佐場 清)