2018年6月24日日曜日

文在寅大統領のロシア下院演説

文在寅大統領が621日~24日、ロシアを訪問。プーチン大統領との韓ロ首脳会談に臨んだほか、21日、ロシア下院で演説をおこなった。韓国の大統領としては19年ぶりのロシア国賓訪問で、韓国大統領のロシア下院での演説は初めてだった。
 
この下院演説で文大統領は、朝鮮半島を中心とした北東アジアの平和と繁栄に向けて韓ロ間の経済協力を強く訴えた。文大統領の演説で目についた部分を以下に翻訳してみた。
http://www1.president.go.kr/articles/3612           (波佐場 清)


写真はいずれも青瓦台HPから
 モスクワへの飛行機の中で私は広濶な大地が人間に与える畏敬の念というものについて考えました。それによって自然と人間をより深く理解するようになったロシアの心を思い浮かべました。

大きなユーラシア大陸に相応しい長い息遣いで、ロシアは世界史に大きな痕跡を残してきました。祖国戦争(*ロシアが1812年、ナポレオンの侵略を撃退した戦争)と大祖国戦争(*194145年、ソ連がナチスドイツと戦った戦争)で世界史の流れを変え、同時に、人類の精神史と科学技術をリードして来ました。

 

■共通する韓ロの新政策

プーチン大統領の「新東方政策」は、平和と共同繁栄の夢を載せたユーラシア時代の宣言です。西欧文明と東洋文明、それぞれの優れたところをユーラシアという巨大な溶鉱炉に入れて人類に新しいビジョンを示そうという雄大な設計図です。
 
韓国民もまた、朝鮮半島の恒久的な平和というレベルを超えて北東アジア全体の平和と共同繁栄を望んでいます。私が昨年、東方経済フォーラムで発表した「新北方政策」はプーチン大統領の「新東方政策」と呼応する韓国国民の夢です。 

私は韓国とロシアの協力が朝鮮半島の平和と北東アジア繁栄の礎石になると考え、この間、本心、努力してきました。

■ロシア国民の底力

韓国人の書斎にはドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフの小説とプーシキンの詩集が並べられています。私も若いころ、慣れないロシアの地名と登場人物を手探りで追いながら人間と自然、歴史と人生の意味を自ら問うたりもしたものです。
 
20世紀初頭、韓国に紹介されたロシア近代文学は韓国現代文学の発展に大きな影響を及ぼしました。韓国にあってロシア文学はヒューマニズムの教科書でした。人間の尊厳性と霊性についての卓越した描写を通して物質文明を生きる私たちに精神的価値の重要性を刻み込みました。 

地球の外へ出た人類最初の宇宙飛行士、ユーリイ・ガガーリンも科学技術以上の悟りを私たちに授けてくれました。地球が私たちにとって、どれほどに貴く、絶対的な存在であるかを教えてくれました。 

ロシアの底力は人間に対するこのような深い理解にあると思います。それが、どんな挑戦と困難にも屈しないロシア国民の力となりました。

■韓国を助けてくれたロシア

1905年、韓国最初のロシア駐在公使だった李範晋先生はロシアの地で亡国の報せ(*日本が韓国を保護国化した第2次日韓協約のこと)を聞きました。その時、温かな救いの手を差しのべてくれたのがロシア政府でした。
 
安重根、洪範図、崔在亨、李相先生ら、数多くの韓国の独立運動闘士らが、ここロシアに亡命し、ロシア国民の助けによって力を養い、国権の回復をはかりました。 

1980年代末、韓国政府は朝鮮半島で冷戦の壁を崩すために「北方政策」を推進しました。当時のソ連政府はイデオロギーの壁を越えて88年のソウル五輪へ大規模選手団を送り込みました。両国国民の間に友情と信頼が積み重ねられ、ついに90年に国交が樹立されたのです。 


いま、韓国企業がロシアで生産した車や家電製品がロシア国民に愛用されています。ロシアは2013年、先進宇宙テクノロジーを韓国に伝え、韓国はロケット「羅老(ナロ)号」の打ち上げに成功しました。

■韓ロつなぐ「9本の橋」戦略

 
2020年はロシアと韓国が新しい隣国関係となって30年になる年です。私たち両国は意義深
い国交30周年に合わせて、ユーラシア発展のための協力をさらに強化し、交易額300億ドル、人的交流100万人を達成しようという具体的な計画を立てています。

ロシアと韓国の協力拡大プランの一つとして、極東開発で協力します。
昨年の「東方経済フォーラム」で私は、韓ロ間に「9本の橋」を架ける戦略を中心に両国の協力について提案しました。

ガス、鉄道、電力、造船、雇用、農業、水産、港湾、北極航路開拓です。この重点9分野で協力をいっそう強化していかなければなりません。



■「戦争と敵対」から「平和と協力」へ

 
いま、朝鮮半島では歴史的な大転換が起きています。私はこの4月、北朝鮮の金正恩国務委員長と会いました。私たちは板門店宣言を通して完全な非核化と共に「朝鮮半島で、もう戦争はない」と世界に約束しました。
続いて開かれた米朝首脳会談でも朝鮮半島の完全な非核化と米朝間の敵対関係終結を宣言しました。
 
北朝鮮は核実験やミサイル実験場の廃棄など、完全な非核化のための実質的な措置を進めており、韓国と米国は大規模合同軍事演習のモラトリアムなど、北朝鮮に対する軍事的圧迫をなくす措置でこれに応じています。南、北、米は戦争と敵対の暗い時間を後にし、平和と協力の時代へと進んでいます。
 

■南、北、ロの「三角協力」

朝鮮半島に平和体制が構築されれば、南北の経済協力が本格化し、そこにロシアも加わった三角協力の関係に拡大していくでしょう。
 
ロシアと南と北の三角経済協力は鉄道、ガスパイプライン、電力網の分野で、すでに共同研究などの基礎的な話し合いが進められています。
 
3国間の鉄道、エネルギー、電力協力がなされれば、北東アジア経済共同体の堅固な土台となっていくでしょう。また、南北間の強固な平和体制は北東アジアの多者間平和安保協力体制へと発展しうるでしょう。
 

■シベリア鉄道が釜山にまで延びる日

ここ、モスクワのヤロスラフスキー駅から沿海州の港町、ウラジオストクまで走るシベリア横断列車は単に一つの鉄道というだけではありません。「ロシアの労働者らの黄金の手によって建設された生命の道」であり、世界認識の地平を広げる文明の道であり、平和の道です。
 
この道は単に商品と資源が行き来するだけの道ではなく、ユーラシアのど真ん中にあって、東洋と西洋が出会う道です。まさに、ユーラシア時代を開く関門なのです。
 
いつのまにか100年間を駆け抜けてきたシベリア横断列車はいま、陸上交通の中心という役割を越えてユーラシア共同体建設のシンボルであり、その土台となってきています。
 
朝鮮半島の恒久的な平和によってシベリア横断鉄道がいま、私の育った朝鮮半島南端の釜山にまで到達することを韓国は期待しています。韓国と北朝鮮がユーラシアの新しい可能性に共同で参加し、ユーラシアの共同繁栄にいっしょになって協力していくことを願っています。
 

■ユーラシアに人類の新しい希望

ロシアと韓国の国民は両国の新しい未来を確信しています。お互いへの尊敬と信頼をさらに深めていけば、どのような難関と挑戦をも共にかき分けていけるでしょう。
 
自然と人間が共存するユーラシアに、人類の新しい希望があります。戦争の時代を超えて平和と繁栄の時代に向かってロシアと韓国はいっしょに歩いていくでしょう。

2018年6月17日日曜日

安倍首相がトランプ大統領に学ぶべきこと

安倍晋三首相が金正恩委員長との日朝首脳会談に意欲をみせている。トランプ大統領と金委員長の米朝首脳会談のあと首相は拉致被害者家族らと会い、「拉致問題は日朝の問題だから、日本が主体的に責任をもって解決していかねばならない」と語ったという。
「主体的、責任を持って」は当たり前のことで何を今さら、という思いだ。これまではそうでなかったということなのか。ただ米国にすがろうとしていただけだったのか。

 

■歴史の影

安倍首相は616日、読売テレビの番組で、北朝鮮との交渉について「相互不信という殻を破って一歩踏み出したい」と語った。「信頼関係を醸成していきたい」とも言った。そのこと自体、正しいと思う。しかし首相が本心、そう思うのなら、相手方が首相に抱く不信を自ら解いていく努力も求められる。
 
この点、首相には欠けているものがある。そもそも、このような事件がどうして起きてしまったのか、ということについても思いを致す必要があるということだ。この事件には、日本と朝鮮半島の過去の歴史を抜きにしては語れない側面がある。
 
あえて「歴史のイフ(if)」を考えてみる。もし、20世紀初頭から半ばにかけての日本による朝鮮半島支配がなかったとしたら、そしてもし、それに起因する半島の南北分断がなかったら、さらに分断対立が火を噴いた朝鮮戦争がなく、その後も休戦という名の「戦争でも平和でもない」対立状況が続いていなかったとしたら、この事件は起こり得なかったであろうということだ。
 
実際、拉致被害者の多くは朝鮮半島の厳しい南北対立下、北朝鮮の工作員による身分の「なりすまし」や、工作員を「日本人」に仕立てるための教育係として利用されていたのである。

 

■「過去清算」ない中で続発

忘れてならないのは、事件の背景となった過去の歴史に日本が深くかかわってきていたという事実である。朝鮮半島の植民地支配はもとより、分断に伴う朝鮮戦争と、その後に続く冷戦下の休戦対立にも日本が「西側陣営」の一員として深く関係してきた。

 

「過去の清算」も朝鮮半島の南半分、韓国との間では1965年の日韓条約でいったん済ませたものの、北半分、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との間では、この間まったくなされて来なかった。そんな状況のなかで1970年代から80年代にかけて北朝鮮による日本人の拉致事件が続発していったのだった。過去清算が早期になされていたら、このような悲劇も起こらなかっただろう。

 

■「不幸な過去」を語りがらない安倍首相


安倍政権はこの間、「日朝平壌宣言にのっとり、すべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現し、『不幸な過去』を清算して国交正常化を実現すべく全力で取り組んでいく」とする原則論を掲げてきたが、安倍首相自身、このところ「不幸な過去」について語ることはほとんどなかった。

 
北朝鮮による日本人拉致は国家的犯罪行為であり、決して許されるものではないことは言うまでもない。真相を徹底究明し、生存者は救出されなければならないのは当然だ。しかし、そうだとしても、事件を生んだ歴史的背景についても見ておくべきだ。
 
加害者は忘れがちだが、被害者にとっては決して忘れられない。それは拉致問題に限らず、歴史問題についてもいえる。北朝鮮側がこの間、日本に対し、「あくどい習性を捨てない限り、1億年経っても、わが国の神聖な地を踏むことはできない」(56日付労働新聞)などと厳しい姿勢を見せてきたのも、そのことと無関係とはいえないだろう。
 
安倍首相が「相互不信の殻を破る」「信頼醸成をはかる」というのなら、拉致事件が起きた歴史的背景にももっと思いを致すべきである。

 

■「民族の悲劇」克服への模索

朝鮮半島が日本の植民地支配から解放され、それと同時に南北に分断されてから70余年が経った。そんな分断の悲劇を乗り越えようという民族内部の模索が今また、始まった。
 
この4月から5月にかけ2度にわたって開かれた南北首脳会談には南北の人々の悲願が込められていたのは間違いない。分断の歴史と無関係といえない隣国のリーダーとして安倍首相はそれにどれほどのメッセージを発したのか。
 
そんなことを思ったのは612日、シンガポールで開かれた米朝首脳会談のあと、トランプ大統領が記者会見で語った言葉の一節が強く印象に残ったからだ。次のような内容(概訳)である。

労働新聞㏋ 米朝首脳会談で握手を交わすトランプ大統領と金正恩委員長

■「南北が調和し、離散家族が再会し…」

「きょうは、険しいプロセスの始まりです。平和は常に努力するに値するものです。とくに、いまの場合がそうです。これは何年も前になされるべき問題でした。ずっと前に、です。私たちはいま、それを解決しようとしているのです。

金正恩委員長は国民のために素晴らしい未来を手に入れることができます。戦争はだれにでも引き起こせますが、平和をつくれるのは、最も勇気のある者だけです。いまのような状況がいつまでも続くことはありません。

北朝鮮の人、そして南の韓国の人も本当に素晴らしい才能に恵まれた人たちです。同じ伝統、同じ言語と文化、そして同じ運命を背負っています。彼らのすばらしい運命を実現し、そして別れた家族を再会させるために核兵器の脅威はいま、取り除かれることになるでしょう。

とはいえ、当面、制裁は続けます。
 
私たちは未来を夢見ています。南北すべての人たちが調和のうちにいっしょに暮らすことのできる未来、離散家族が再会し、希望がよみがえる未来、そして平和の光が戦争の闇を払いのける明るい未来です。
 
それが今、起こりつつあるのです。目の前にあるのです。もう少しで手の届くところまで来ています。そこに間もなく行き着くでしょう。起こりつつあるのです。実現できないとみなが思っていたかもしれませんが、いま実現しようとしているのです。本当に素晴らしい瞬間を歴史は迎えています。
 
金正恩委員長は北朝鮮に着いたらすぐに取りかかるでしょう。多くの人々を幸せに、安全にするプロセスを始めるでしょう」

Today is the beginning of the arduous process. Our eyes are wide open. Peace is always worth the effort. Especially in this case. This should have been done years ago. This should have been resolved a long time ago. We’re doing it now. Chairman Kim has the chance to seize an incredible future for his people. Anyone can make war, but only the most courageous can make peace. The current state of affairs not endure forever.

The people of North Korea, North and South, are truly wonderful and gifted people. They share the same heritage and language and culture and destiny. To realize their amazing destiny and reunite their national family, the menace of nuclear weapons will now be removed. In the meantime, the sanctions will remain in effect.

We dream of a future where all Koreans can live together in harmony and where families are reunited and hopes are reborn and where the light of peace chases away the darkness of war. This bright future is within and this is what is happening. It is right there. It is within our reach. It’s going to be there. It will happen. People thought this could never take place. It is now taking place. It is a very great day.

It’s a very great moment in the history of the world. Chairman Kim is on his way back to North Korea and I know for a fact that as soon as he arrives he will start a process that will make a lot of people very happy and very safe.


 

■「相互不信の殻」を破るために

ここには、もちろん外交辞令もあるだろう。思惑も込められているはずだ。しかし、これは北朝鮮の人たちにはもちろん、韓国の人々の琴線にも触れたはずである。こうしたメッセージは「相互不信の殻」を破る力も秘めていると思う。
 
安倍首相の口からこのような言葉が語られることはあるのだろうか。(波佐場 清)