2017年2月10日金曜日

「最終、不可逆」はあり得るか②/直接語らぬ安倍首相

慰安婦問題に関する日韓合意を「被害者中心のアプローチでない」とした国連女子差別撤廃委員会の最終見解(201637日)に日本政府は激しく反発した。

■潘基文氏の「豹変」
菅義偉官房長官はさっそく、その翌日(同8日)午前の記者会見で「極めて遺憾で受け入れられない。潘基文国連事務総長を始め米国、英国なども日韓合意を歓迎しており、批判はまったく当たらない」とし、国連側にその旨を強く申し入れたことを明らかにした。
*首相官邸HPhttp://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201603/8_a.html

菅官房長官がここで韓国出身の潘基文国連事務総長(当時)の名前を挙げたことについては「国連事務局のトップが支持していることを女子差別撤廃委員会側に認識させ、再考を促そうとした」との指摘もなされたが、今となっては逆に日本政府には負担だろう。

確かに、潘基文氏は「歓迎する」としていた。合意直後、朴槿恵大統領との電話で「正しい勇断を下した」とたたえてもいた。ところが、国連事務総長を退任して今年1月、韓国に帰ってくると、「究極的には、おばあさん(元慰安婦)の恨みを解ける水準であるべきだ」と日韓の追加協議もあり得るとの考えを示唆し始めた。(113日共同)

その間、韓国内では朴大統領の弾劾訴追で日韓合意に対する反発も広がっていた。帰国当初、大統領選出馬の意欲をみせていた(その後断念)潘氏としては、そうした世論を意識したとみられる。日本政府が国際世論の支持を受けている証として真っ先に挙げた潘氏の「歓迎」表明とはその程度のものだったのである。

菅官房長官がほかに米国、英国などが「歓迎」しているとしたが、これは北朝鮮や中国を意識した安全保障面からの評価が大きいようにみえる。そうだとすれば、安全保障で歴史問題を封じ込めた冷戦時代の図式と重なり、問題を先送りするだけということにもなりかねない。

■外相による代読
こうした日韓合意について、韓国内からは「安倍首相の謝罪は外相による代読にすぎず、真心のこもった謝罪とは受け取れない」という声も聞こえてくる。

前回、このコラムですでに触れたが、20151228日の日韓合意に関する両国外相の共同記者発表での岸田外相のその部分の発言をそのまま記すと、次のようなものだった。

「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している。
安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」

確かにこれは、あくまでも岸田外相の発言で、首相自らが直接語っているわけではない。
この点に関し、2016112日の衆院予算委で、民主党(現民進党)の緒方林太郎議員と安倍首相の間で、次のような質疑応答があった。

安倍首相の心の内が透けて見えるやりとりだったといえる。少し長くなるが、ニュアンスも生かして紹介すると、概略、次のようだった。

■「朴大統領に伝えた」
緒方議員 (首相の反省の気持ちを表明した外相の記者発表の内容に関し)いまだ、この発言を安倍首相本人から聞いたことがない。一度自分の言葉で言うべきだと思うが、どうか。


緒方林太郎議員(フェイスブックから)
安倍首相 まさに最終的、不可逆的に解決されたということ。外相同士の会談もあり、(外相会談のすぐあとに電話で会談した)私と朴槿恵大統領との間で、私の考え方を伝えた。それをもって解決をしたということだ。互いにしっかりとやるべきことをやろうということで、それが全てだ。何回も、問われるたびに私が何か答弁をするということであれば、最終的に終了したことにはならない。

緒方議員 言いたくないということか。

安倍首相 もう既に私は朴槿恵大統領に言っているわけで、同じことを、では、この後も、例えば2年後も3年後も求められればどこでも言うということになれば、最終的、不可逆的に終わったことにはならない。大切なことは、しっかりとそこでピリオドを打つ、責任を持って実行し、ピリオドを打つということだ。


官邸㏋から
■「繰り返せば終わらない」
緒方議員 何度も何度も言ってくれなんて一言も言っていない。一度、自身の言葉で言うべきではないか、対外的に。朴大統領には、恐らく言ったんでしょう。それは信じたいと思う。しかし、安倍首相が対外的にこの件を発言したことはないわけで、本会議質問でも今のような答弁で、外相の記者発表でこんなふうに言ったといって、責任を全部外相に押しつけている。なぜ、一度自分自身の言葉で言おうとしないのか。

安倍首相 だから、自分の言葉で朴大統領に伝えた。国の代表として、総理大臣として。それをしっかりと伝えたことで、最終的かつ不可逆的に解決されることを確認した。緒方議員なり、また何人もの民主党議員がそこに立ってそれを言えということを繰り返すことは、決してそれは最終的、不可逆的に終わったことにはならない。


大切なのは誠意を持って互いに約束したことを実行していくことだ。今回の合意については国際社会が高く評価をしている。それは、私の朴大統領に対する発言も含めて、国際社会がもう既に高く評価をしている。

緒方議員 一度くらい自分の言葉で発言しないと、最終的に不可逆的に解決する意思があるのかどうかということが不透明になる。安倍首相は一国の宰相だ。記者発表で単に書いてあるということだけでなく、朴大統領に言ったということだけでなく、一度自分の言葉で言うべきではないか。

安倍首相 これは日本側と韓国側、それぞれ考え方がある。外交交渉だから互いに国益がある。国民の感情もある。その中で、最終的に我々は合意に達し、同時に、大切なことは最終的かつ不可逆的に解決をしようということであって、そういうなかで、互いにこういうことを示していこうということだ。

私は朴大統領に、誠意を持ってそのような発言をしている。私の発言は、世界に対してもうすでに示されたわけだ。そのことを今後もこういう場で何回も取り上げるということになれば、終わらない。

これはもう、与党も野党もない。こういうことをまた、お互い掘り返しながら、まるで問題があったかのようなことを言うことで、そのような空気になっていってしまう。外交においては与党も野党もないと思う。

緒方議員 対外的に言う意思がないということは確認をさせてもらった。
 
*詳細は、第190回国会衆議院予算委員会議録第3
 
ここで緒方議員が指摘するように、安倍首相には自らの言葉で「おわび」や「反省」を語る気持ちはないようだ。「最終的かつ不可逆的な解決」とは、そういうことなのか。

■「政治的ラインと謝罪は別問題」
この点、京都大学の小倉紀蔵教授は朝日新聞とのインタビューで次のように語っていた。聞き手は、箱田哲也編集委員である。

―合意では日韓双方が「最終的かつ不可逆的な解決」を確認しました。しかし、合意にある謝罪と反省を、安倍首相は自らの口で語ろうとはしません。

「最終的かつ不可逆的というのは、政治的なラインはもう動かさないということであって、謝罪や反省を二度と繰り返さないということではないはずです」(2016216日付朝日新聞オピニオン面)

その通りだと思う。
では、なぜ、安倍首相は謝罪や反省にそこまで言葉を惜しむのか。それには、首相の歴史認識が深く関係しているようにみえる。

2017年2月6日月曜日

「最終、不可逆」はあり得るか/日韓慰安婦合意座礁

日韓の政府間関係が、暗礁に乗り上げている。
昨年末、日本の釜山総領事館前に現地の市民団体などが慰安婦問題を象徴する「少女像」を設置したことをめぐり、日本政府が「2015年末の日韓合意の精神に反する」として駐韓大使らを一時帰国させるなどの措置を取ったまま、打開の見通しが立っていない。

日本政府が強調しているのは、日韓合意で慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決される」とした点。韓国内には当初から強い反対論があったのだが、それを押し切り、その後発覚した諸疑惑でいま統治能力を失ってしまった朴槿恵大統領には唖然とするばかりだが、日本側にまったく問題がなかったと言えるのか、どうか。

そもそも、「最終的、不可逆的解決」とは何なのか。人権や歴史認識がからむこの種の問題にそのような解決というものはあり得るのか。

■日韓合意
20151228日、岸田文雄外相と尹炳世外相がソウルでおこなった共同発表には、次のよう内容が含まれていた。
 
 
外務省HPから
▽慰安婦問題は日本軍関与の下、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題で、日本政府は責任を痛感。安倍晋三首相は、日本の首相として心からのおわびと反省の気持ちを表明。

▽日本政府は韓国政府が設立する元慰安婦支援の財団に日本政府の予算で10億円程度を一括拠出。両政府が協力し全ての元慰安婦の名誉と尊厳の回復、癒しのための事業を実施。

▽それを前提に、今回の発表でこの問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認。

 ▽韓国政府は在韓日本大使館前の少女像に対する日本政府の懸念を認知し、可能な対応方向について関連団体との協議などで適切に解決されるよう努力。

▽両政府は今後、国際社会でこの問題で互いに非難・批判することを控える。


 
■長引く「当面の措置」
この合意に基づいて日本政府は昨年、韓国政府が設立した財団に10億円を拠出。これによって日本政府は、日韓合意に基づく日本側の責務は果たした、としている。

一方、韓国側は、元慰安婦の一部が日本の拠出金の受け取りを拒否。また、「適切に解決されるよう努力する」と韓国側が約束した在韓日本大使館前の少女像についても日本側の求める移転は実現していない。そんなところへ、昨年末、釜山の日本総領事館前に新たに、また別の少女像が設置されてしまった。

釜山の少女像について日本政府は「合意違反」として韓国側に「早急な撤去」を申し入れ、今年16日、駐韓大使の一時帰国や日韓通貨スワップ協議の中断など4項目の「当面の措置」を発表。19日に駐韓大使が「一時帰国」したまま、「当面の措置」は2月に入っても続いている。

こうした異常な事態の背景には、朴槿恵大統領が昨年12月の弾劾訴追で職務停止となり、韓国政府が半ば機能不全状態になっていることもある。日韓合意に対する韓国民の反発の大きさを考えると、そんな合意に踏み切った大統領の判断の甘さも浮き彫りになってくる。

しかし、では、日本政府の側にまったく問題はなかった、といえるのか。

 
■「もう謝罪もしない」
2015年末の日韓合意の後、翌16112日の衆院予算委員会で岸田外相は合意の意味合いについて次のような答弁をしていた。

「今回の合意が今までの慰安婦問題についての取り組みと決定的に違うのは、日韓両政府が史上初めて、最終的、不可逆的な解決であることを確認し、それを世界に向けてそろって明確に表明した点だと思っています」(第190回衆院予算委会議録第3号)

要するに、日韓のこれまでのやりとりとは次元の違う合意だというのである。

安倍首相自身も日韓外相による合意発表のすぐあと、朴大統領と電話で会談。その翌日(20151229日)、周囲に次のように語ったという。

「今後、(韓国との関係で)この問題について一切、言わない。次の日韓首脳会談でももう触れない。そのことは電話会談でも言っておいた。昨日をもってすべて終わりだ。もう謝罪もしない」(20151230日付産経新聞)

安倍首相は外相合意で示された「最終的かつ不可逆的に解決」をそのように受け止めていたわけである。しかし、それは外に向けても十分に説得力を持つといえるのか、どうか。

■「被害者中心のアプローチではない」
この日韓合意が発表されたあと、国際社会から一つの「異議申し立て」があった。昨年37日、国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)が公表した日本への最終勧告(第7回及び第8回報告に対する女子差別撤廃委員会最終見解)である。

に載せられている日本語訳の「慰安婦」に関する部分(910ページ)を改めて読み返してみる。

ここでは、日韓合意に「留意する」とする一方で、日本政府の慰安婦問題への取り組みについて次のような点を「遺憾」としている。

(a)「慰安婦」の問題は「最終的かつ不可逆的に解決される」とする韓国との合意の発表が被害者中心のアプローチを十分に取らなかった。

(b) 「慰安婦」の中には彼女たちが蒙った深刻な人権侵害に対して公式で明白な責任の承認を得ることなく亡くなった者もいる。

(c) その他の関係国の「慰安婦」被害者に対し、国際人権法上の義務を果たしてこなかった。

(d) 教科書から「慰安婦」の問題に関する記述を削除した。

 
そのうえで、日本に以下の「要請」をしている。

(a) 指導者や公職にある者が、「慰安婦」問題に対する責任を過小評価し、被害者を再び傷つけるような発言はやめるよう確保する。

(b) 被害者の救済の権利を認め、補償、満足、公的謝罪、リハビリテーションのための措置を含む、十分かつ効果的な救済及び賠償を提供する。

(c) 201512月に韓国と合同で発表した二国間合意の実施に当たっては、被害者・生存者の意向をしかるべく考慮し、被害者の真実、正義、賠償を求める権利を確保する。

(d) 「慰安婦」の問題を教科書に適切に組み込むとともに、歴史的事実を生徒や社会全般に客観的に伝えられるよう確保する。

(e) 被害者・生存者の真実、正義、賠償を求める権利を確保するために行われた協議やその他の措置について、次回の定期報告の中で情報提供する。

■日本政府の訴え退ける
日本に対するこの国連女子差別撤廃委員会の最終見解発表に先立ち昨年216日、スイス・ジュネーブで開かれた同委員会の対日審査には外務省の杉山晋輔外務審議官(当時/現外務事務次官)が直接現地に乗り込んで慰安婦問題に関する日本政府の立場を説明していた。次のような内容が含まれていた。

▽日本政府は1990年代初頭以降、慰安婦問題に関する本格的な事実調査を行ったが、日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲による「強制連行」を確認できるものはなかった。

▽「性奴隷」といった表現は事実に反する。

▽日韓外相間で、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることが確認され、日韓首脳電話会談でも、これを確認し、評価した。

▽潘基文国連事務総長を含め、国際社会は、日韓両国が合意に達したことに歓迎の意を表明していると承知している。

*詳細は外務省のHP

 
こうした日本政府の主張は国際社会ではさほど通じなかった。すでに見たように、国連女子差別撤廃委員会の最終見解は、「最終的かつ不可逆的に解決される」とした日韓合意について「被害者中心のアプローチを十分に取らなかった」とするなど、日本政府には極めて厳しい内容のものとなっていた。

2017年2月3日金曜日

文在寅氏「慰安婦問題は再協議を」/韓国大統領選レースで進撃

韓国の次期大統領選レースで、保守層や中道層の期待を集めた前国連事務総長、潘基文氏が脱落したことで、この間世論調査の支持率でトップを走ってきた革新系の最大野党「共に民主党」の文在寅・前党代表(64)の存在がさらに大きく浮上してきた。潘氏に代わる代表選手の擁立へ向けた保守・中道の合従連衡や朴槿恵大統領に対する弾劾審判の行方など不透明な部分もまだ多く、現段階でゴールを占うのはなかなか困難だが、レースはこんごも文在寅氏を軸に展開されていくことは間違いなさそうだ。

文在寅氏はどんな政策を掲げ、何を訴えているのか。韓国の保守系有力紙「朝鮮日報」の電子版が今年116日、文在寅氏との長文のインタビュー記事を比較的まとまった形で載せていた。: http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2017/01/16/2017011600954.html
その一問一答の中から、とくに目を引いた部分をピックアップし、拙訳で紹介する。



ムン・ジェイン
 
19531月 慶尚南道巨済島生まれ。
72年 慶煕大学法学部入学。
75年 学生運動で投獄。
78年 兵役(特戦司令部空挺部隊)除隊。
80年 慶煕大卒、司法試験合格。
82年 廬武鉉弁護士(のちの大統領)と釜山で合同法律事務所を開設。
2002年 廬武鉉大統領候補の釜山選対本部長。
03年、05年 大統領府民情首席秘書官。
07年 廬武鉉大統領秘書室長。
09年 廬武鉉氏の国民葬委員長。
12年 国会議員、野党大統領選候補として朴槿恵大統領に惜敗した。
 
(写真は、いずれも文在寅ホームページから)
 
■慰安婦問題は再協議を
―慰安婦問題で日本との再協議を主張している。
 
そもそも合意はあったのか。私にはよく分からない。いったい、どのような合意をしたのか、韓国政府は明らかにしていない。合意内容に関する説明も両政府間で異なる。韓国政府は10億円には謝罪と賠償の意味が込められているというが、日本はそうではないと言う。
 
 
(慰安婦被害を象徴する)少女像に関しても韓国は合意していないというが、日本は駐韓大使の召還(ママ)措置まで…それに両国の通貨スワップ協議まで中断したではないか。そうしておいて、まるで韓国が詐欺でもしたかのように言っている。韓国政府はそのような合意はしていないという。慰安婦問題の本質は、日本がそれについて法的責任を認め、公式的に謝罪することだ。それが盛り込まれていない合意は認めることができない。
 
―政権をとれば、再協議するつもりか。
 
再協議すべきだと思う。ただ、朴槿恵政権はこの問題が解決しなければ、日本とは何もできないと前提条件にして自らの手足を縛ってしまった。とんでもないことをしたものだと思う。両国関係を発展させていくうえで、この問題を前提条件としてはだめだ。この問題はこれとして話し合い、一方で、未来の関係についてはまた、別のこととして発展させていくべきだ。
 
■核問題は制裁や圧迫では解決できない
―北の核問題は、保守・進歩という立場を離れ、正常化という次元で放棄させなければならないのではないか。
 
その通りだ。実用的な態度が求められている。理念的なモノサシだけで「北は軽蔑の対象」と見ていては解決できない。これまで行ってきた制裁と圧迫は国際的な共助の下でなされるべきなのは当然だ。ある意味、私はもっと強力な制裁、圧迫が必要な場合もありうるとみている。
 
ただ、それですべてということではないということだ。それでは解決できず、結局のところ、対話と協議を並行すべきなのだ。強い制裁や圧迫も究極のところ、話し合いのテーブルに北を引き出して核の廃棄を受け入れさせるのが目標ではないのか。
 
■開城工団は再開すべきだ
―核問題とは関係なく、開成工団を再開すると言っている。国際社会の制裁と噛み合わないのではないか。
 
国連決議案から開城工団は除外されてきた。北を変えていくには多くの努力をしなければならないが、開城工団にあって、我々が北に進出して市場経済を持ち込めば、こちらの体制の方が優っていることを北に見せてやることができる。北が韓国に依存するようにすることが核問題の解決に役立つ。そのようなテコをもっていてこそ核問題の解決につながる。すべてを絶ち、悪口を言っているだけで、どうして北の核問題を解決できるというのか。
 
 ―米国は国際社会の制裁に向けて韓国に開城工団をやめろといい、中国は、韓国が開城工団をやりながらどうして中国に制裁しろと求めるのか、ということにならないか。
 
開城工団は国連の制裁決議から除外されている。朴槿恵政権は、(朴槿恵大統領の友人の)崔順実(の政治介入)が作用したためかどうか、理解できない決定をしてしまった。韓国企業が撤収するにあたっても時限や余裕を与えず、原資材のようなものをいっさい持ち出せなくしてしまった。
 
 
―なら、再開しても国際社会が問題にしないとみるのか?
当然でしょう。(開城工団撤収は)全世界がみな理解できなかったはずだ。
 
■金剛山観光も韓国の方に利得
―金剛山観光は安全措置さえとられれば再開すると言っている。現金支援は問題にならないか。
 
(開城工団の場合と)同じことだ。金剛山観光の場合も北の地に韓国の企業が入っていき、その地域を租借したも同然なのだ。得失を計算すると、韓国が何百倍、何千倍という利得がある。
 
―かつてと同じように北に現金を与える形の金剛山観光もとくに問題はない、と?
 
経済協力を広げていくことが、北自らが不安がっている体制崩壊の恐怖を減らし、孤立から抜け出て開放に向かうようにさせる。そんな中で北の核問題を解決していこうというのだ。
 
■サード(THAAD)配置の問題は次期政権で
―米軍の高高度迎撃ミサイルシステム(THAAD)を次期政権に持ち越そうと主張している。撤回を前提としているのではないか。
広く世論に問うて決めようというのだ。撤回を決め込んで次期政権に引き継ごうというものではない。韓米間で合意がなされたものをそう簡単に取り消せるとは考えていない。
 
ただ、国内で国会の同意といったことは欠かせない。対外的にも中国とロシアに対する外交的な説得の努力が必要だ。そのような過程を経ずにサード配置が決まった。それで、この問題を次期政権に持ち越せば、そこで国会の批准を含む公論化の過程を踏めるし、中国とロシアを説得する機会も持てると思う。
 
■作戦統制権返還はできるだけ早く
―(在韓米軍から韓国軍への)戦時作戦統制権の返還問題は事実上、無期限延期となっている。政権につけば、また、任期内の返還を推進する考えか?
 
任期内に実現できるかどうかは分からないが、戦時作戦権はできるだけ早く返還されてこそ、韓国の国防が不完全な状態を脱して自主国防が実現できると考えている。いまのように莫大な国防予算を使いながら全体的な作戦統制権は米国に与える、つまり、空軍と海軍力は米国側にあり、韓国は陸軍と歩兵が中心というだけでは、とてつもない予算の投入にもかかわらず、完全な安保ということにはならない。
 
■大企業、金持ちより国民のための経済を
―国民生活は苦しい状況にある。経済公約は?

 キーワードは正義と公正だ。それを達成するための方策は国民成長だ。概念的には、この間、経済成長の果実が大企業と金持ちだけに行っていたのを、国民に等しく分配されるようにする。それで、大企業と金持ちだけが成長する経済ではなく、国民が共に成長できるようになる。
 
具体的な方策について言えば、まずは働く場所、2番目に財閥改革、3番目が大企業と中小企業の公正な共存、そして非正規職・最低賃金問題の改善といったところだ。韓国はこの間、輸出中心の成長戦略をとってきたが、輸出と内需を並行させる成長戦略に転換しようというのだ。
 
■忘れられない金大中元大統領の言葉
―政治の世界に入り、大統領選にまで出ようと決心したのには、何か特別のきっかけでもあったのか?
 
廬武鉉元大統領が亡くなった後、金大中元大統領が語ったいくつかの言葉が胸に響いた。廬武鉉大統領の葬儀に当たっては、健康が思わしくないのに猛暑の中を参列され、嗚咽する姿も見せて下さった。
 
金大中大統領は廬武鉉大統領の死について「私の体の半分が壊れていくような感じだ」と言われた。そんな金大統領への感謝と慰労を兼ねて食事の席に案内した。それが金大中大統領との最後の食事となった。
金大中大統領はそのあとすぐに入院し、そのまま亡くなられたのだが、金大中大統領から「くれぐれも…」と頼まれたことがある。再現すると、次のようなことだった。
 
「まったく…私が一生涯をかけて成し遂げた民主主義、南北関係が壊れていくのを見ていると、まるで夢の中の出来事のように思えてしまう。必ずや政権交代をしなければならない。いまの民主党では政権交代は不可能だ。市民社会も巻き込んだ野党勢力全体の統合をなさねばならない」
「それには仮に民主党の勢力が7あったとして、統合対象勢力が3だからといって民主党が7を取り、相手方に3を与えるというのでは統合はできない。7の民主党が3を取り、3の市民社会に7を与えるとき、初めて統合がなる。そのような精神で統合しろ。私はもう年老い、力もないので若い君たちの力で必ずや統合を成し遂げてほしい」
 
そのように頼まれたことが、ずっと心に残ってきた。それで、統合運動をやり、そうした責任感から国会議員選挙に出馬した。