2018年6月17日日曜日

安倍首相がトランプ大統領に学ぶべきこと

安倍晋三首相が金正恩委員長との日朝首脳会談に意欲をみせている。トランプ大統領と金委員長の米朝首脳会談のあと首相は拉致被害者家族らと会い、「拉致問題は日朝の問題だから、日本が主体的に責任をもって解決していかねばならない」と語ったという。
「主体的、責任を持って」は当たり前のことで何を今さら、という思いだ。これまではそうでなかったということなのか。ただ米国にすがろうとしていただけだったのか。

 

■歴史の影

安倍首相は616日、読売テレビの番組で、北朝鮮との交渉について「相互不信という殻を破って一歩踏み出したい」と語った。「信頼関係を醸成していきたい」とも言った。そのこと自体、正しいと思う。しかし首相が本心、そう思うのなら、相手方が首相に抱く不信を自ら解いていく努力も求められる。
 
この点、首相には欠けているものがある。そもそも、このような事件がどうして起きてしまったのか、ということについても思いを致す必要があるということだ。この事件には、日本と朝鮮半島の過去の歴史を抜きにしては語れない側面がある。
 
あえて「歴史のイフ(if)」を考えてみる。もし、20世紀初頭から半ばにかけての日本による朝鮮半島支配がなかったとしたら、そしてもし、それに起因する半島の南北分断がなかったら、さらに分断対立が火を噴いた朝鮮戦争がなく、その後も休戦という名の「戦争でも平和でもない」対立状況が続いていなかったとしたら、この事件は起こり得なかったであろうということだ。
 
実際、拉致被害者の多くは朝鮮半島の厳しい南北対立下、北朝鮮の工作員による身分の「なりすまし」や、工作員を「日本人」に仕立てるための教育係として利用されていたのである。

 

■「過去清算」ない中で続発

忘れてならないのは、事件の背景となった過去の歴史に日本が深くかかわってきていたという事実である。朝鮮半島の植民地支配はもとより、分断に伴う朝鮮戦争と、その後に続く冷戦下の休戦対立にも日本が「西側陣営」の一員として深く関係してきた。

 

「過去の清算」も朝鮮半島の南半分、韓国との間では1965年の日韓条約でいったん済ませたものの、北半分、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との間では、この間まったくなされて来なかった。そんな状況のなかで1970年代から80年代にかけて北朝鮮による日本人の拉致事件が続発していったのだった。過去清算が早期になされていたら、このような悲劇も起こらなかっただろう。

 

■「不幸な過去」を語りがらない安倍首相


安倍政権はこの間、「日朝平壌宣言にのっとり、すべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現し、『不幸な過去』を清算して国交正常化を実現すべく全力で取り組んでいく」とする原則論を掲げてきたが、安倍首相自身、このところ「不幸な過去」について語ることはほとんどなかった。

 
北朝鮮による日本人拉致は国家的犯罪行為であり、決して許されるものではないことは言うまでもない。真相を徹底究明し、生存者は救出されなければならないのは当然だ。しかし、そうだとしても、事件を生んだ歴史的背景についても見ておくべきだ。
 
加害者は忘れがちだが、被害者にとっては決して忘れられない。それは拉致問題に限らず、歴史問題についてもいえる。北朝鮮側がこの間、日本に対し、「あくどい習性を捨てない限り、1億年経っても、わが国の神聖な地を踏むことはできない」(56日付労働新聞)などと厳しい姿勢を見せてきたのも、そのことと無関係とはいえないだろう。
 
安倍首相が「相互不信の殻を破る」「信頼醸成をはかる」というのなら、拉致事件が起きた歴史的背景にももっと思いを致すべきである。

 

■「民族の悲劇」克服への模索

朝鮮半島が日本の植民地支配から解放され、それと同時に南北に分断されてから70余年が経った。そんな分断の悲劇を乗り越えようという民族内部の模索が今また、始まった。
 
この4月から5月にかけ2度にわたって開かれた南北首脳会談には南北の人々の悲願が込められていたのは間違いない。分断の歴史と無関係といえない隣国のリーダーとして安倍首相はそれにどれほどのメッセージを発したのか。
 
そんなことを思ったのは612日、シンガポールで開かれた米朝首脳会談のあと、トランプ大統領が記者会見で語った言葉の一節が強く印象に残ったからだ。次のような内容(概訳)である。

労働新聞㏋ 米朝首脳会談で握手を交わすトランプ大統領と金正恩委員長

■「南北が調和し、離散家族が再会し…」

「きょうは、険しいプロセスの始まりです。平和は常に努力するに値するものです。とくに、いまの場合がそうです。これは何年も前になされるべき問題でした。ずっと前に、です。私たちはいま、それを解決しようとしているのです。

金正恩委員長は国民のために素晴らしい未来を手に入れることができます。戦争はだれにでも引き起こせますが、平和をつくれるのは、最も勇気のある者だけです。いまのような状況がいつまでも続くことはありません。

北朝鮮の人、そして南の韓国の人も本当に素晴らしい才能に恵まれた人たちです。同じ伝統、同じ言語と文化、そして同じ運命を背負っています。彼らのすばらしい運命を実現し、そして別れた家族を再会させるために核兵器の脅威はいま、取り除かれることになるでしょう。

とはいえ、当面、制裁は続けます。
 
私たちは未来を夢見ています。南北すべての人たちが調和のうちにいっしょに暮らすことのできる未来、離散家族が再会し、希望がよみがえる未来、そして平和の光が戦争の闇を払いのける明るい未来です。
 
それが今、起こりつつあるのです。目の前にあるのです。もう少しで手の届くところまで来ています。そこに間もなく行き着くでしょう。起こりつつあるのです。実現できないとみなが思っていたかもしれませんが、いま実現しようとしているのです。本当に素晴らしい瞬間を歴史は迎えています。
 
金正恩委員長は北朝鮮に着いたらすぐに取りかかるでしょう。多くの人々を幸せに、安全にするプロセスを始めるでしょう」

Today is the beginning of the arduous process. Our eyes are wide open. Peace is always worth the effort. Especially in this case. This should have been done years ago. This should have been resolved a long time ago. We’re doing it now. Chairman Kim has the chance to seize an incredible future for his people. Anyone can make war, but only the most courageous can make peace. The current state of affairs not endure forever.

The people of North Korea, North and South, are truly wonderful and gifted people. They share the same heritage and language and culture and destiny. To realize their amazing destiny and reunite their national family, the menace of nuclear weapons will now be removed. In the meantime, the sanctions will remain in effect.

We dream of a future where all Koreans can live together in harmony and where families are reunited and hopes are reborn and where the light of peace chases away the darkness of war. This bright future is within and this is what is happening. It is right there. It is within our reach. It’s going to be there. It will happen. People thought this could never take place. It is now taking place. It is a very great day.

It’s a very great moment in the history of the world. Chairman Kim is on his way back to North Korea and I know for a fact that as soon as he arrives he will start a process that will make a lot of people very happy and very safe.


 

■「相互不信の殻」を破るために

ここには、もちろん外交辞令もあるだろう。思惑も込められているはずだ。しかし、これは北朝鮮の人たちにはもちろん、韓国の人々の琴線にも触れたはずである。こうしたメッセージは「相互不信の殻」を破る力も秘めていると思う。
 
安倍首相の口からこのような言葉が語られることはあるのだろうか。(波佐場 清)
 

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