2026年10月14日水曜日

金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(67)

  第9章 銃剣の代わりに舌先三寸で離間と懐柔

 ■「安企部長、途中で辞めてもいい」

 1982年6月1日、激した世論収拾のための内閣改造が発表される前日のことだった。

 全斗煥大統領は外務部長官の盧信永を呼ぶと、厳粛に言った。

 「安企部長をやってください。(後任の)外務部(長官)は李範錫室長(青瓦台秘書室長)にやらせます」

 ▽「忠誠心あれば、できる」

 盧信永は面食らった。

 「閣下、わたしにどうして安企部長が務まりましょうか」

「ワシも星が4つの陸軍大将をやりたかったんだが、そうならないまま、大統領になってしまったよ。実際にやってみれば、できるんだ。なにごとであれ、忠誠心さえあれば、できるもんだ」

 忠誠心、か――。

 盧信永はふと、大統領が陸士の時代、サッカー選手だったことを思い出した。

 「閣下、忠誠心がだいじだということは分かります。でも、素質もだいじです。持って生まれた素質があれば、10秒で100メートルも走れますが、素質がなければ70メートルも走れません」

 大統領は即座に、こう答えた。

 「なら、70メートルだけでも走れよ」

 そう言いつつ、「安企部長のポストも長くやれとは言わないから、急いで戻って離任式と就任式の準備をするんだ」というのだった(長くはないだろうという、その意味は、いずれ金大中問題が決着すれば、「張世東・安企部長」を考えているということだったのか。目の前の手形詐欺事件や兪学聖の更迭のことで頭がいっぱいになっていて、そんなことを言ったということも考えられる)。

 ▽拷問の記憶

 盧信永は青瓦台を後にしながら、1970年代後半に自らが体験した悪夢のような時間を思い出していた。外務部次官のときだった。安企部(当時は中央情報部)の地下室でひどい拷問を受けた記憶である。国会議長の丁一権に「朴正煕大統領の外遊日程」をこっそり耳打ちしたことが分かり、捕まって叩きのめされた。下手をすると、国家機密漏洩罪で首が飛ぶところを九死に一生を得たこともあったではないか――。

 盧信永が沈痛な面持ちで帰宅すると、夫人が尋ねた。

 「急に、どこか病気にでもなられたのですか」

 「わたしに安企部長をやれって、よ」

 夫人は仰天した。「それだけは絶対にいけない」と猛反対した。盧自身、とてもやりこなせるようなポストではないと、夫人の意見にうなずいた。

 ▽盧信永・安企部長

 入山対虎――。

 山中でトラと鉢合わせしたようなものだ。

 豪傑の将官たちの間にあって、分断後に北朝鮮になった地域出身の、何の後ろ盾もない文民(民間人)が、果たして生き残れるというのだろうか。死にさえしなければ、いいチャンスにもなりうるだろうが、とてもそんな気持ちにはなれなかった。

 夫妻で夜通し悩んだ末に、夜が明けたら大統領に固辞の意思を直接伝えようということになった。

 盧信永は、出勤と同時に金炳勲・儀典首席秘書官に大統領との面談を申し込んだ。韓日の経済協力問題に関する緊急報告だと言い繕った。しかし面談はかなわず、昼のニュースで「安企部長に盧信永」と発表されてしまった。

 盧信永が外務部長官として職員食堂で、職員たちといっしょに昼食をとっていた時のことだった。そのニュースに皆が驚き、息をのんだ。その時、青瓦台からの電話だと言われて受話器を取った。全斗煥大統領だった。

 「ニュース、聞いたね。午後、安企部長の就任式があるから、時間に遅れないように南山のほうに入りなさい」

 27年間の外交官生活は、そこで終わった。

 ▽全斗煥に知らせずに実力者集合

 1982年5月18日ごろ、手形詐欺事件で李圭光(全斗煥夫人である李順子の叔父)の逮捕方針が確定するころのことだった。民情首席秘書官の李鶴捧が突然、辞表を叩きつけて青瓦台を去った。

手形詐欺事件の責任を問われ、辞任した民情首席秘書官の李鶴捧(左)

 首席秘書官の許和平と許三守は、陸士1期後輩の李鶴捧にたいして「大統領の親族管理を受け持つ民情首席秘書官の仕事をいい加減にしてきた」と責め立てていた。

 許和平はそのころ、全斗煥大統領も知らぬところで、第5共和国の功臣である実力者たちをこっそり集め、新軍部の団結をはかることに注力していた。5共政権ができて以来、初めての異例な会合だった。

 ソウル宮井洞のアジトに、安企部長の兪学聖、内務部長官の盧泰愚、陸軍参謀総長の黄永時、第2軍司令官の車圭憲、第3軍司令官の鄭鎬溶、第1軍団長の白雲澤、保安司令官の朴俊炳、首都警備司令官の崔世昌、国税庁長の安武赫、保安司令部参謀長の鄭棹永、政務首席秘書官の許和平、司正首席秘書官の許三守らが集まった。

 反乱軍の「大株主」たちが全員集合した、というわけである。

 ▽「親族は公職からの辞退を」

 許和平のシナリオ通りに議事が進んだ。大統領の親族は公職からの辞退を――。

 筋の通った緻密なその論理、そして沸き立つ世論を宥めないことには政権は生き残れない、とする正義にかなったその名分に、だれも反論などできず、満場一致で決まっていった。もし、ここに張世東や李鶴捧という「株主」がいたとしたら、異論も出ていたかもしれないが、2人ともそこにはいなかった。

 ▽鈴付け役に盧泰愚

 では、だれが全斗煥のところに行って、「鈴」を付けるのか――。

 情報権力のトップ、安企部長の兪学聖のほうにみんなの目が集まると、兪は手を横に振って断わりの意志を示した。

 「わたしは、すでに閣下に安企部長を辞めたいと意思表示しているので、そんなことはできません」

 初めて聞く話に、みんなが驚いた。そんな、目を丸くする人たちに向かって兪学聖は、李哲煕・張玲子夫婦の手形詐欺事件の責任をとって辞職したいと伝えている身として、いまさら面と向かって閣下にそんな耳の痛いことなど言えないではないか、というのであった。 

 すると、座中の視線は、盧泰愚長官に集まった。

 盧泰愚は仕方なく、矢面に立つほかなかった。かれの性格から言って、死ぬほど嫌だっただろうに、もう逃げ道はなかった。

                       訳:波佐場 清

 

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