2016年9月8日木曜日

「満州」への旅⑨――李香蘭

今回、満映について少しばかり調べているうちに、李香蘭について、私はほとんど何も知らないことに改めて気が付いた。そこで今回の旅行の後、遅ればせながら山口淑子・藤原作弥著『李香蘭 私の半生』(新潮文庫)を初めて読んでみた。


満映時代のことが詳しく書かれている。私にとって少し意外に思えたことの一つは、彼女の目に映った甘粕正彦像である。次のようなことが書かれている。

■照れ屋
▽甘粕といえば、照れ笑いを思い出すほどの照れ屋だった。さまざまな側面をあわせもつ人物でもあった。大酒豪で、一日一本はウイスキーをあけた。一日の仕事が終わると必ずウイスキーをあおり、その日のことを忘れ、ついでに、さまざまな過去も忘れようとしているかのようだった。酩酊のおかげで余生のバランスを保っていたように思われてならない。

▽甘粕は理事長就任後2週間で人事を刷新し、給与など職員の待遇を他の国策会社並みに改善するよう命じた。「李香蘭の月給は250円だが、李明[訳注:李香蘭と同僚の中国人スター女優]の月給45円はあまりにも差がありすぎる。李明は200円程度にしなさい。下っ端の俳優たちは18円。これではどうして食えますか。少なくとも今の李明の45円の線まで引き上げなさい」。


元満映の建物。甘粕は、ここの理事長室で自決した 

▽新京市長公邸での日満要人が集まった宴会で満映の女優たちがお酌をさせられた。甘粕はこれに憤慨し、「女優は芸者ではない。芸術家だ。もう一度、女優たちを主賓にした宴会を開いてねぎらってくれ」と市長に要求し、実現させた。……甘粕からはしだいに「テロリスト」のイメージが薄れていき、社員の中にはこの寡黙で小柄な元軍人の信奉者がふえてきた。それだけではない。大杉栄らは軍部の別の筋に殺され、甘粕大尉はその罪を一人で引っかぶったという無罪説さえ根強くあった。
 
■金日成も見ていた李香蘭
ほかにも意外だったのは、あの北朝鮮建国の祖、金日成が、抗日パルチザンの戦いのなかで李香蘭の映画を見ていたということだ。『李香蘭 私の半生』は次のように書いている。

《北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を訪れたとき、金日成主席からは知己のように握手を求められ、「抗日ゲリラ隊が立てこもっていた中国吉林省のアジトであなたの映画をみたよ」と言われた》

19757月、自民党参院議員だった山口淑子が自民党訪朝団の一員として平壌を訪れたときのことのようだ。のちに、2007523日付読売新聞が続き物「時代の証言者」のなかで田村元(元衆院議長/19242014)の回想として伝えたところでは、この訪朝団は田村を団長、伊藤正義(元官房長官)を副団長に、メンバーとして石井一(元自治相)、山口淑子らが同行。そこでは次のような「楽しい席」もあったという。

《宴たけなわになって、金日成が李香蘭に「何か歌ってください」と言うんだ。李香蘭が「昔、私が歌った歌は社会主義に反するような歌ばかりですよ。それでもいいですか」と聞くと、金日成は「いいんだ。実は昔、夜、変装してあんたの映画を見に行ったこともあるんだ」なんて言う。李香蘭が「蘇州夜曲」などを歌うと、金日成が喜んで、抱きつくようにしてきた》

「蘇州夜曲」など、と複数形になっているが、ほかに何を歌ったのだろうか。金日成は李香蘭のどの作品を見ていたのだろうか。

■隻腕?
『観光コースでない「満州」』の小林慶二さん、『五色の虹』の三浦英之氏は共に、生前の山口淑子氏と直接会っており、そのときのエピソードも紹介してもいる。おもしろかったのは、三浦氏の次のような述懐である。

▽私は雑談のなかで甘粕にはなぜ片腕がなかったのかと山口に尋ねた。「甘粕さんにはちゃんと両腕があったと思うけど…」と目を丸くして驚く山口に、私は「確か甘粕には片腕がなかったはずだが…」と恥ずかしげもなく質問を重ねた。

▽もちろん、間違っていたのは私の方だった。ベルナルド・ベルトルッチが監督した映画『ラストエンペラー』で、音楽家の坂本龍一が甘粕の役を片腕のない人物として演じていたため、実際の甘粕も片腕がなかったのだと思い込んでしまっていた。「片腕」の甘粕は、彼の異常性を強調するための演出だった。

後日、そんな話を山口に告げると、山口は次のように語ったという。

「今では色々なことが言われているけれど、私にとって甘粕さんはみなさんが思っているような悪い人のようには思えなかったわ。うまく表現することができないけれど、深い闇を抱えていたのね。きっと誰もが……」

■ラストエンペラー
『ラストエンペラー』は、1987年に公開されたイタリア、中国、英国の合作映画で、私も見ている。しかし、甘粕が隻腕として描かれていたとはまったく気が付かなかった。そこで、近くの「TSUTAYA/ツタヤ」でDVDを借りてきていま一度、見直してみた。


なるほど、確かに、隻腕だ。右腕がない。そのことを強調するアングルもある。これで気づかなかったとは今さらながら情けない。

 
■ピストル自殺?
エンターテインメント作品ではこうした演出は当然、あり得るのだろう。しかし、この作品の場合、甘粕をあえて「隻腕」として描く必要があっただろうか。映画に門外漢の私には、あれこれ言う資格はないが、気になったことといえば、もう一つ。映画では甘粕は最期、ピストル自殺で果てていた。これは実際には、服毒自殺ではなかったのか。

山室信一先生の『キメラ』(中公新書)はもちろん、前回紹介したように長影旧址博物館の説明も「青酸カリで服毒自殺」となっていた。甘粕にはピストル自殺がふさわしい、ということでそのように演出したのか、と思ったが、念のために手元の電子辞書で「ブリタニカ国際大百科事典」を引いてみると、「満州でピストル自殺」となっている。ピストル自殺説もあるのだろうか。

今回、『ラストエンペラー』を見直して改めて思ったのは、この映画が放つメッセージの強烈さだ。歴史に翻弄される溥儀という一個人の悲哀はもとより、日本の侵略と旧満州国の欺瞞の本質を鋭く突いている。いま、この日本で、このような映画が作れるかどうか。

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