2026年6月29日月曜日

金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(34)

  金大中が危ない

1980517日夜、金大中のソウル東橋洞の自宅では電話が鳴りやまなかった。

 「世の中がひっくり返った。金大中が危ない。すべてが終わったので、身の安全に気を付けろ」

「梨花女子大に集まった学生たちが銃床で殴られ、血まみれになって引っぱって行かれている」

 秘書が外をうかがうと、周辺の街灯はすべて消えており、黒塗りのセダン8台が陣取っているという。何日か前から様子がおかしく、知人から米国大使館に避難するよう勧められていたところだった。

            非常戒厳の拡大と金大中逮捕に抗議して光州市民は立ち上がった。

        新軍部はこれを金大中が企てた「内乱」と、でっち上げた=19805月、光州・錦南路

 ▽銃剣突きつけ、連行

 夫人の李姫鎬と金大中側近の秘書である金玉斗は、書類を次々とかき集めてはタンスの後ろの隙間に押し込んで隠した。金大中はパイプ煙草をひっきりなしにふかしていた。午後1045分、軍人数十人が銃剣を突きつけて奥の部屋に踏み込んできた。李姫鎬が「言葉で言ってくれさえすれば従うのに、どうして銃を向けるのよ」と抗議した。金大中は黙々と服を着替え、彼らについて行った。

 「神があなたのそばにいてくださいます」

 キリスト教信者の李姫鎬は、祈るように叫んだ。

 続いて秘書、家政婦、警護員らを一つの部屋に閉じ込めて捜索にかかった。奥座敷、書斎、台所をくまなくひっくり返しては漁り、なんでも手あたり次第にトラックに積み込んだ。午前3時になってようやく捜索は終わった。引き出しをひっくり返し、10万ウォンの小切手27枚と外貨6千余ドルも持っていった。

 東橋洞グループの身内、全員が連行されていった。

息子(長男)の金弘一をはじめ、秘書の韓和甲、金玉斗や朴聖哲[金大中の私設警護団のトップを務め、仲間内から「将軍」と呼ばれていた]らが連れて行かれた。ほかに、側近の権魯甲と李協は逃げていたが、のちに連行された。次男の弘業は、朝日新聞特派員の車に潜んで脱出し、3カ月間、身を潜めていた。

▽奇想天外なでっち上げ

 一人だけ残った李姫鎬は、ラジオ「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)に耳を傾けた。

 金大中が連行されて5日目となる5月22日、新軍部は「金大中が国民を扇動して光州で民衆暴動を起こし、国家を転覆させる内乱を企てた」とする奇想天外な中間発表をおこなった。

 あきれるばかりのでっち上げだったが、いったん金大中が無事でいることが確認できただけでも李姫鎬にとっては、ありがたかったという(『李姫鎬自伝』)。

戒厳司令部から出された、その「金大中捜査中間発表」なるものは、新聞で大々的に報じられたが、メディアに配られた資料には「捜査過程で明らかになった犯罪事実」というサブタイトルが付いていた。

 まだ、捜査官が調書1枚巻けていない段階なのに、犯罪事実とはどういうことだ。

 金大中を担当する中央情報部捜査局捜査官の李基東をはじめとする中央情報部のメンバーらは、ただあっけにとられ、お互いに顔を見合わせるばかりだった。これが、保安司令部のやることなのか――。李基東はこう記録している。

 「まだ、たった一行の調書も取れておらず、これから事実確認に入る段階だというのに、もう、『明らかになった犯罪事実』の発表などとは…。このように戒厳司令部の合同捜査本部(保安司令部)は、警察が上げた虚偽の情報をもとに、民主化を求めていた在野の市民団体までも含めて金大中系のすべての組織を犯罪集団と規定して発表した。しかし合同捜査本部に首根っこを押さえられた情報部としては、どうして文句など言えるというのか」(全斗煥の合同捜査本部によってこのように仕組まれた「金大中内乱陰謀」は、2004年になってようやく無罪が確定したのだった)

 ▽長男弘一の自傷事件

 そうこうしているうちに、拘禁中の金弘一が自傷行為に及ぶ騒動が起きた。捜査局長の金根洙が捜査官の李基東を緊急に呼び出して指示した。

 「弘一の部屋で問題が起きた。事態は深刻だ。捜査チームを替えないといけないが、ここはやはり、おまえにちょっと面倒をみてもらわなければならない。自傷行為に及んだようなんだが、問題が起きると、大変なことになる。いますぐ、新しいチームを組んで、それに取り組むんだ」

「金大中一人だけでも手一杯なのに、息子の弘一まで面倒を見ろ、ですって?」

「なんだ、その言いぐさは。命令、これは命令なんだ」

金根洙局長はイラつき、怒鳴り散らした。

李基東は、それまで金弘一を担当していた捜査官たちに、どうして急に様子がおかしくなったのか、と聞いた。かれらは「連行してから5日目のあの日の、金大中の中間捜査結果の発表が問題だった」と答えた。中央情報部の捜査官たちでさえ、とんでもない内容に驚いたのだが、息子の驚きはどれほどだったか。

それはそうとして、地下深くの取調室に拘禁されていて、どうしてそのニュースを知ったというのか?

奇想天外な経緯が明らかになった。

 ▽換気口の秘密

金弘一が拘禁されていた対共捜査局の地下室には、地上につながる換気口があった。その地上の排気口付近に情報部の運転手たちが車を止め、よくラジオを聞いていた。運転席のドアを開けたままのことが多く、そのラジオニュースが換気口の接続ダクトを通してそっくりそのまま金弘一に生中継されていた、というのである。

 それで、金弘一は「いっそのこと死んでやる」「濡れ衣を着せられて悔しい思いをするくらいなら、自殺しよう」と、自傷騒動を起こしたというのだった。

                            訳:波佐場 清

 

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