■権正達、失脚
全斗煥は素早かった。ソウルに帰る列車内で警護室長を呼びつけると、国会手帳を探して持ってくるよう命じた。
手帳の1枚1枚をめくりながら、李鍾賛に聞いた。
「(民正党)事務総長には、だれがいいか」
「権翊鉉議員がいいのではありませんか。党を確実に掌握し、閣下の考えを正確に理解していないといけないのですから…」
▽権翊鉉・事務総長
権翊鉉は陸士11期、全斗煥と同期で、長年の友人である。新軍部が1980年春、全斗煥を押し立てた政権づくりと新党を構想する際には金潤煥らといっしょにその先頭に立ちたがっていた。しかし「クーデター功臣」の許和平、許三守らが立ちはだかり、意を遂げられないでいた。その後も何度か党役員候補として名前が挙がったが、外されていくのを李鍾賛は見てきた。
――そうだな。スリー許、あいつらに天敵を立ててひと泡吹かせてやらないと…。安企部長の兪学聖までがいっしょになって、ワシを苦しめているではないか。
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| 全斗煥政権で初代安企部長をつとめた兪学聖 |
閣下はそう思っているに違いないとみた李鍾賛の判断は当たっていた。
「権翊鉉。かれなら、うまくやるだろうな」
全大統領はすぐに「OK」を出した。
▽列車内人事
そしてさらにその場で、政策委員会議長[政調会長]に陳懿鍾、政務長官に呉世応、総裁秘書室長に南載斗議員を一挙に決めていった。全大統領はさらに李鍾賛に聞いた。
「ところで、金正礼議員は闘士型で非常に積極的なのだが、どこに抜擢すべきかな」
「党の女性委員長にするよりも行政府で入閣させるのはいかがでしょうか」
「なら、保健社会部長官[日本の厚生労働相に相当]にしよう」
列車がソウルに近づくと、全大統領はトイレに行ってきた。
そして、改まった表情でこう言った。
「いま、ワシとした話は口外してはならんぞ。青瓦台の補佐官ども(許氏ら)が、列車内で2人だけでどんな話をしたのか、探ろうとするはずだ。絶対に口外はならんぞ、分かったな。あっちの客車の長官や随行の者たちにも、もし聞いてきたら、国会対策や時局に関する話だった、と言っておけ」
――ああ、鉄拳統治者であっても、ここまで細心なのか。権力の属性というものを見抜いているんだな。李鍾賛は心の内で感嘆しながら、こう付け加えた。
「それはそうとして、李載瀅代表だけには前もって耳打ちしておくべきではないでしょうか」
「そうしておけ。しかし必要なところだけに限るのだぞ」
▽全斗煥に白紙委任
案の定だった。翌日、李鍾賛のところへ青瓦台の補佐官たちから間髪を入れずに電話がかかってきた。李鍾賛は徹底して「何も知らない」とシラを切り続けた。
大統領からの伝言を受け取り、その真意を読み取った民正党代表の李載瀅は、やはり老獪だった。
翌日、プラザホテルに党役員全員を集めて朝食会を開いた。
「わたしたちは李哲煕・張玲子事件で一大挑戦を受け、『正義社会の実現』という目標が揺らいでいます。党としては、このような激動にたいして責任を負わないわけにはいきません。そこで、責任ある党人としては、ここはいったん、党総裁(全斗煥)に再信任を仰ぐことで収拾をはかるべきではないかと考えます。協力をお願いします」
李載瀅は、そう言って静かに白紙を回した。
権正達事務総長は、来るべきものが来た、という表情で諦めたように署名した。
2年余に及ぶ権勢の末の失脚だった。
「結党の過程で権正達総長は、ほとんど独占的に指揮を執った。権総長には李載瀅代表も眼中にないかのようだった。そんなことも、かれが社会的に追い詰められるようになった背景の一つだった。わたしが見るに、かれは他人に配慮する余裕がないようだった。それで、世論の中心をなす層から不興を買ったのではないか、と思う」(李鍾賛の述懐)
▽いいカッコしい
権正達に白い目を向ける者は少なくなかった。
蔡汶植(1925〜2010/元国会議長)は、権正達の「虎の威を借る狐」のような「もったいぶった態度」について、筆者にこう語ったことがある。
「国会議員選挙の公認証や党役員任命書をもらいに青瓦台に上がった場合など、事務総長の権正達がやったことといったら、目も当てられなかった。大統領に先んじて壇上に上がって直立不動の姿勢をとり、軍隊式に一つひとつを予行演習させた。自分が大統領にでもなったかのように、例外なく一人ひとりから敬礼を受け、授与するのだった。大統領への忠誠を装いながら、実のところ、いい格好がしたくてそんなことをしていたのではないか。わたしと尹吉重氏(のちに国会副議長)は恥ずかしくて控室にじっと座り、タバコをくわえてがまんしていたものだ。それでも、わたしらが年上だったからかどうか、無理やり引っ張りだして敬礼をさせるようなことまではしなかった。しかし、あんなにも多くの者に予行演習をさせるとなると、ずいぶんと時間もかかった。みんな、口には出せなかったが、腹の中では悪口を言っていた」
▽次期安企部長は?
全斗煥大統領も「1980年に結党しろ、と指示していたのに権正達は格好だけをつけていて実際の仕事はぜんぶ、李鍾賛がやった」と冗談半分に言っていた。ともかく、威張るのが好きな権正達のことを李鍾賛は「世論の中心をなす層から不興を買った」と表現したのである。
こうして党と政府の人事刷新、内閣改造の輪郭は固まった。あとは、だれを安企部長に起用するかだ。
全斗煥大統領は意表を突く妙案を持っていた。
訳:波佐場 清








