■「逆クーデター」
そのころ、米国も頭を悩ませていた。
駐韓米大使の秘密電文(1993年解除)は、そのことを物語っている。
「(米国が)動けば非難され、動かなくても非難される。やるべきことをしっかりやらなければ危険なことになるだろうし、逆に、介入しすぎても(新軍部の)国粋主義者らの強い反発を招くだろう」
80年1月29日の2級秘密(Secret)電文(Telegram)で、ウィリアム・グライスティーン大使はサイラス・ヴァンス国務長官にこう打電した。「12・12反乱」の後、ジレンマに陥った米国の困惑をそのまま物語っている。
あっちにも、こっちにもつけず、不安に怯えるばかりの米国――。
驚くべきことに、グライスティーン大使はこの時、旧軍部から「逆クーデター」を提案される。韓国軍の将官30余人を代表するという「ある将官」が訪ねてきて、「不人気な反乱軍の全斗煥一味をひっくり返したいので、助けてもらいたい」と米国に支援を求めたのである。
▽秘密解除外交文書
その将官とは、李範俊中将(1928~2007/当時、国防部防衛産業次官補)だった。
米国務省が2021年9月16日に韓国外交部に伝達した882ページに及ぶ光州事件関連の秘密解除外交文書で、その名前が初めて明らかになった。1980年2月1日、グライスティーン大使がワシントンに報告した「韓国軍の不安定性に関する追加の証拠」と題する電文に出てくる「情報提供者」である。
そこには、米大使が、李範俊(General Rhee Bomb June)将軍から「12・12反乱をひっくり返そうという韓国軍内の反全斗煥クーデター情報」を入手した、という内容が書かれている。
「李範俊から逆クーデター情報を入手した。ウィッカム駐韓米軍司令官も軍内部にさらなるクーデターの兆候があることを確認した」
後日出版されたグライスティーン大使の回顧録とウィッカム司令官の回顧録、そしてこの秘密文書を突き合わせてみると、ジグソーパズルが完成する。当時、米国が入手していた情報の全貌というのは、こうだ。
▼全斗煥の計画は、12・12反乱で軍権を掌握したあと、民政政権を奪取しようとするものだが、米国の拒否反応を前に、まだ様子をうかがっている。
▼陸士出身でない将官の90%と陸士出身将校の半数が、全斗煥の反乱に反感を抱いている。
▼30余人の将官クラスの将校が、全斗煥の排除を計画している。
▽揉み消し
グライスティーン大使とウィッカム司令官は、逆クーデターを嫌っていたわけではなかった。道徳的にも、それは正当なものだった。
しかし、それにもかかわらず、それを拒否した。現実的にみて、限界があったからだ。
まず第一に、逆クーデター勢力の主役たちの正体と、その実力のほどがよく分からなかった。米国の立場を積極的に支持するとは言っているものの、「もう一人の全斗煥」ではない、という確信が持てなかった。さらに、逆クーデターの動員兵力がどれほどのものになり、流血事態を起こさずに全斗煥勢力を駆逐できるのかも不透明だった。米国が最も恐れていたのは「12・12反乱」のような安全保障上の混乱が再び繰り返されることだった。
ワシントンは、逆クーデターに反対の意思を表明する一方で、全斗煥にもその事実を知らせ、「こんご、民政政権を乗っ取るようなことをしたら、不幸な結果を招くことになるだろう」と警告することで、「逆クーデター事件」を闇に葬った。
▽偽装工作?
この過程において、米CIA韓国支部長のブリュースターが大きな役割を果たした。
全斗煥ら新軍部と親密な関係にあった彼は、グライスティーン大使とウィッカム司令官に「すでに軍の統治権者になってしまった全斗煥を排除できる有効な手段は、米国にはない」と指摘し、ワシントンは韓国の民主主義よりも安保の方を重視すべきだ、とアドバイスしたという。
「逆クーデター」の情報が入ったあとの展開は、驚くべきものだった。
新軍部は問題の幹部将校15人を排除(粛清)したのだが、そのことについて、ウィッカムは回顧録の中で「あろうことか、逆クーデター計画を持って訪ねてきた当の将官(李範俊)は排除の対象に含まれておらず、計画の全容は謎に包まれたままとなった」と書いている。
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| ウィッカム駐韓米軍司令官(右)は1981年6月、離任した |
つまり、その将官は、全斗煥側が送り込んだ偽装工作のための人物だった可能性があることを示唆しているのである。全斗煥が逆クーデターという芝居を打ち、米国がうっかり食いついてきて罠にはまれば、逆に、それを弱みとして握ろうとしていたというのだ。
情報提供者の李範俊のその後の経歴を見たなら米国は、身の毛もよだつ思いをしたはずだ。
彼は全斗煥の権力下、中将で予備役に編入して81年から故郷の江陵(江原道)から2回も民正党の国会議員に当選し、さらに盧泰愚政権で交通部長官までつとめた。ウィッカムが疑っていたように、もし、これが新軍部の偽装工作だったのだとしたら、それはもう、『三国志』顔負けの奇抜な策略というしかない。
▽「あり得ない、不可能」
新軍部の一員で、当時保安司令部にいた将官の呉日郎(金載圭を逮捕した人物で、のちに青瓦台安全処長)に最近、筆者は逆クーデターについて聞いてみた。
結果から言うと、そのような試み自体、不可能だっただろう、という答えだった。
「一時、逆クーデターの噂があったのは事実だ。しかし、全斗煥保安司令官は当時、戒厳司令部を含む全軍の神経網(通信網)や急所を完全に掌握していた。そんななか、現実問題として、そのようなことは決して起こり得なかった。米国がそのような提案を断固払いのけたのは、韓国軍の内部を正確に把握していて賢明な判断を下したというわけだ」
訳:波佐場 清

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