韓国のハンギョレ新聞記者イ・ジェフンさんは韓国政府の対応や南北関係のこんごの見通しについても話してくれた。
――韓国政府は北朝鮮の「2国家」路線をどう見ているのでしょうか。
■「北は反統一勢力」
尹錫悦大統領は「反民族、反統一であり、歴史に逆行する挑発だ」と言いました。金暎浩(キム・ヨンホ)統一部長官(統一相)も「歴史に逆行する」と非難し、「統一は究極の目標であり、最重要課題だ」と言っています。簡単に言えば、北は反統一勢力であり、反民族的で、歴史に逆行する、北が統一をしないというなら、われわれがする――というのが尹錫悦政権の立場です。
韓国大統領室HP 尹錫悦大統領 |
――尹錫悦政権になって統一部(省)で南北交流を担う部門が統廃合され、人員も削減されました。保守層には「統一部をなくしろ」という主張もあったと聞いています。北の新路線で韓国の統一部もなくなる方向に進むのでしょうか?
■存続する韓国の統一部
逆でしょう。いま言ったように、北に対し尹錫悦大統領は「反統一、反民族、反歴史的だ」と非難しています。そんなことを言う一方で、統一部をなくすというのは理に合わないでしょう。尹錫悦大統領は外に向けても内に向けても「北が統一をしないというなら、われわれがやらないといけない。私がやろう」といったふうに主張していくと思います。統一部がなくなるとは想像しがたいことです。
■南北逆転
かつて金日成主席は口さえ開けば統一の話をしていました。朝鮮半島の外にいる人には統一に関しては北の方がある意味、南よりも優位にあるようにも見えたかと思います。北は経済的には劣っているが、民族の自主、統一という面では南よりずっと積極的で一定、政治的正当性もあるではないか、と。そんな歴史的関係が金正恩総書記のこんどの宣言で逆転しました。北の政権にとっては政治的に危険な状況といえるでしょう。
逆に、韓国政府にとって統一部は政治的資産になります。いまの枠組みが大きく変わらない限り、韓国はこの先どんな政権になっても統一部はなくならないと思います。
――この間、韓国では「南北は統一指向の特殊な関係」という考え方が広く共感されていたように見えました。
■「特殊関係」か、「2国関係」か
その通りです。南北基本合意書ができたあと、南北に関することはすべてそれに基づいてやってきました。北に行くときはパスポートでなく統一部長官(統一相)の承認を受ける。ODA援助から北を除く。貿易でなく交易とし、輸出入統計に含めない。学校でも「北は外国ではない」と教えてきました。
一方で、韓国では一部進歩的知識人を中心に「平和的2国関係を」とする主張がずっとなされてきました。北を国家ではなく「反国家団体」とする国家保安法に反対する立場から「南北が敵対的でない、平和的な2国関係になれば保安法は根拠を失い、そこから統一への道も開ける」とするものです。とくに若い層には「統一」より「平和共存」志向が強くなってきており、こんご、そんな主張も強くなるように思えたのですが、北の新路線で、そうした論議はかえって困難になるかもしれません。
――南北分断は80年近くになります。若い層は「統一」より「平和共存」志向だといわれましたが、統一はしたくないということなのでしょうか。
■北は他人ではない
統一への関心がないと言っても、例えば北朝鮮がどこかの国とスポーツの試合をするとなると、たとえそれが韓国との友好国であったとしても、韓国人の大部分は必ず北の方を応援します。外国人にはよく分からないと思いますが、韓国人が北を応援しないのは南北間で試合するときだけです。
北朝鮮は貧しく、小さな国です。しかし、韓国人はEU委員長や英国首相の名は知らなくても、北の最高指導者の名前は、そこらの小学生でもみんな知っている。北は他人ではないと思っているからです。韓国人は保守的であれどうであれ、言葉では統一する必要はないと言っていても、いつか、そういうときになれば、統一すると思っているのです。
――韓国を「敵対国家」とする北朝鮮の新路線はずっと続いていくのでしょうか。韓国とはもう、対話や交渉はしないのでしょうか。
■「発展権」をどうするか
結論から言えば、変わる可能性はあると私は見ています。北朝鮮は米国と交渉するときなどによく「自主権」「生存権」「発展権」ということを言っていました。それでいうと、「自主権」と「生存権」は金正恩体制のいまの路線で最小限の目標は達成できるでしょう。しかし「発展権」は可能なのか、ということです。
「発展権」を北朝鮮流に言えば、「瓦屋根の家に住み、白いご飯と肉のスープ」。つまり生存のレベルではなく、ちょっとゆとりのある暮らしということになるでしょう。それが中ロの援助でできるのか。できるならすでにそうなっていたはずです。だから、金日成主席の時代から米国、日本と関係正常化をしようとしてきたのです。
「発展」の問題を解決するには米国、日本、さらには韓国とも関係を持ち、交流することが不可欠だということです。停戦体制を平和体制にかえる問題もあります。そう考えると「敵対的2国家関係」は、持続可能と断言し難いと思います。
すでに見たように「2国家関係」というのは歴史的趨勢であり、戦略的、防御的なものです。しかし「敵対的」かどうかは相手の出方によって変わり得ます。北朝鮮がこの先も永遠に統一の話をせず、大韓民国を他国だと、ずっと言い続けることができるのかどうか。そういうことはできないように私には思えます。
――韓国の尹錫悦政権は敵対政策を続けていくのでしょうか。
■「北カード」
変わる可能性がないとは断定できません。もちろん尹錫悦大統領の基本認識に照らすと真摯な意味での対北政策変更はまず期待できないといっていいでしょう。しかしこの春の総選挙で野党が圧勝したことで国政運営が難しくなっています。就任以来この2年間の米日偏向外交で韓国の外交的立場が弱まって来てもいます。そんな状況にあって活路を南北対話に求めようとする可能性も排除できないと思います。
歴代の保守政権、李明博政権や朴槿恵政権も、行き詰った時には「北カード」を使おうとしました。全斗煥政権のときもそうでした。もっとも、政権の狙い通りに行くかどうかは、別の問題ですが……。
――最後に、ご自身はいま、朝鮮半島の平和と統一について、どう考えておられるのでしょうか。
■真の平和のために…
今のような状況で、仮に、統一か平和か、どちらか一つを選べと言われれば、私は平和を選びます。しかし統一なしに真の平和はむずかしいと思います。統一は困難だけど、私たちが進んで行かなければならない道なのです。
イ・ジェフン(이제훈/李制勲) 1965年生まれ。ソウル大学社会学科卒。北韓大学院大学で博士。93年ハンギョレ新聞入社、編集局長などを経て現在、同紙政治部統一外交安保チーム先任記者。近著に『非対称な脱冷戦1990~2020:平和への細い回廊に刻まれた南北関係30年』(市村繁和訳、 緑風出版)。非対称な脱冷戦1990~2020 李 制勲(著/文) - 緑風出版 | 版元ドットコム (hanmoto.com) |
おわり
立命館大学コリア研究センター上席研究員 波佐場 清
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