韓国のハンギョレ新聞政治部統一外交安保チーム先任記者、イ・ジェフン(이제훈/李制勲)さんは北朝鮮内部の状況についても語った。
――北朝鮮がここに至って「南北2国家」を明言したのはなぜなのでしょうか。
金正恩総書記の演説のなかに、「万一の場合、核戦力を含むすべての物理的手段を動員して南朝鮮の全領土を平定…」などとした部分があり、一部保守的な学者の中には金日成時代の「戦争統一論」に戻るものだという人もいます。しかし金正恩総書記は「敵が手出しをしない限り、一方的に戦争を決行しない」とも言っています。私は、防御的なものであり、戦略的変化を追求するものだと見ています。
労働新聞HP 昨年末の労働党中央委全員会議での金正恩総書記 |
■南と手を切る好機
なぜ、今なのかで言えば、3つの側面があると思います。まず国際情勢。新冷戦なのかどうかはともかくも米国と中国が対立し、北朝鮮は中国、ロシアとの関係を強めている。そんなときに対米交渉が決裂し、北朝鮮としては南と手を切るのは今だ、「北方政策」に集中しよう、と判断したのでしょう。
次に、南北関係です。南北間の交流協力が始まって30年になりますが、北で主導権が取れていないし、南への依存度も高まってきていました。そんなところへ「北は敵だ」という尹錫悦政権が登場してきた。文在寅前政権のように、毎日、対話しよう、会談をしようと言ってきているときに「敵対的な2国家関係」などというのはむずかしいが、「今なら…」というわけです。
北の内部事情からいってもその必要に迫られていました。北では3年ほど前から「反動思想文化排撃法」「青年教養保障法」「平壌文化語保護法」という3つの法律が相次いで施行されています。南のビデオやテレビを見るな、南の言葉を使うな、と。労働新聞を見ると、思想闘争をしなければならないとしきりと説いている。思想取り締まりのうえからも南との遮断が迫られたのだと思います。
――それにしても急な転換です。北朝鮮はごく最近まで一貫して統一を「最重要課題」としていました。そんなところへ、いきなり「統一といった概念をなくしろ」という。大きな混乱は起こらないでしょうか?
■大きな混乱?
統制と収拾ができないほどの困難さを伴うだろうと思います。金正恩総書記の言うとおりに「民族史から『統一』『和解』『同族』という概念を完全になくす」となると、ほぼすべての教科書や辞書、百科事典なども改めなければならない。金日成、金正日の選集や著作集のようなものを見ても真っ先に出てくるのが統一の問題ではありませんか。
たとえば、『金日成著作集』の第31巻には、1976年に日本の月刊誌『世界』の編集局長とおこなった会見の内容が出てきます。そこでは「クロス承認」[日米が北朝鮮を、中ソが韓国をそれぞれ承認することで朝鮮半島の平和を達成しようという政策。70年代以降、韓米によって唱えられた――筆者注]に触れる中で「『2つの朝鮮』を言うのは売国奴だ」というようなことを言っている。どうしますか。直すこともできないでしょう。
金正恩総書記は昨年末の党中央委全員会議で「現在、朝鮮半島に最も敵対的な2つの国家が併存していることについては、だれも否定できない」と公言しました。「朝鮮は一つ」と言っていた祖父(金日成)の「遺訓」と孫(金正恩)の「教示」は論理上、共存不可能な状況にあるのです。
■経済的にも負担
ともかく、図書館にある本も、科学技術などイデオロギーと直接関係のない分野を除けば、統一という言葉が出てこないものはまず、ないでしょう。彼らは口さえ開けば、「統一」と言ってきたのですから。徹底するとなると、経済的にも大きな負担になると思います。
この間、首都平壌の入り口に設置していた「祖国統一3大憲章記念塔」の撤去▽京義線・東海線道路での地雷埋設と街路灯撤去▽北の「愛国歌」の歌詞変更▽平壌の地下鉄駅「統一駅」の駅名変更――といったことが報じられています。
金正恩総書記は1月の最高人民会議で、統一に関連した憲法上の規定の削除に言及し、「次回の最高人民会議で憲法改正を審議すべきだと思う」と言っていました。その後どうなったのか、次の最高人民会議はいつ開くのか、といった続報はありません。さまざまな問題が生じていることも考えられます。
――北朝鮮の一般人民の思いは、どうなのでしょうか? 動揺や大きな反発などはないのでしょうか?
■「統一」の目標を失って…
北朝鮮に長い間住んでいた人に聞いてみると、外部の人にはよく理解できないだろうが、北では「やれ」と言われれば、そのとおりにする、のだと…。少し冷笑的な言い方でしたが、人民は反発したりはせず、適応していくだろう、というのです。
ハンギョレ新聞のイ・ジェフン先任記者 |
しかし、いくら「一心団結」が強調され、閉鎖的な社会だからといって、北の社会にあって「統一」は空気のようなものだったと思われます。そんなところへ一朝にして「統一をしない」という。それでうまくいくのか、という気がします。
人民の不満を抑えてきたのはイデオロギーです。言ってみれば、次のようなことだったと思います。
われわれが統一しようというのに、米国が南朝鮮を占領し、植民地にしてわれわれを圧迫している。戦争も起こし、われわれを無くしてしまおうと虎視眈々と狙っている。
だから、われわれは貧しいなかでも武器を大量につくらなければならず、人手が十分でないというのに若者をみな軍隊に送らなければならない。夏場や春には農作業をしなければならないのに、米国の奴らが来て軍事演習をし、飛行機を飛ばすから、しかたなく地下のトンネルに入って過ごさなければならない。
そんななかで、統一さえすれば苦しみは終わる、統一をしよう――と。そういうことでやってきたのに統一をしないという。だとすれば、この苦しみはどこから来ているというのか、どうやって解決したらいいのか、と……。
■北の政権にリスク?
金正恩総書記は、一心団結し、「卵に思想を込めれば、岩をも砕く」の精神で一生懸命働けば、われわれも他人を羨むことのない、いい暮らしができる、というようなことを言っています。人民はどこまでそれを信じていくのか。北朝鮮のこんどの新路線は、金正恩政権にとって危険な側面があると私は思います。(つづく)
立命館大学コリア研究センター上席研究員 波佐場 清
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