2026年9月2日水曜日

金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(56)

 贈賄騒動で、「一掃」の妄想再発

198194日、野党の林載正議員(民主韓国党)が「高級敷物事件」を暴露した。

そうでなくても全斗煥をはじめ許和平ら新軍部の中心メンバーらは「非生産的な国会」にいら立ちを募らせていた。年初に、総選挙に向けて政党を軍隊の中隊のように再編。それによって、反骨心ある闘士型の政治家567人をふるい落とし、政治の土俵を新たにつくり直したというのに、国会は軍隊の基本教練のようにテキパキとは動かなかった。

▽与党役員らを入れ替え

この「敷物事件」が、実力派将官たちの鬱屈した気持ちに油を注ぐところとなった。

学校教員の全国組織である大韓教連(現・韓国教員団体総連合会の前身)が、教育公務員法の審議を前に、国会文化公報委員会の委員9人に高級敷物(1人当たり138千ウォン相当)を配っていた問題について、林載正議員は「賄賂だ」と追及したのである。

大検察庁[日本の最高検察庁に相当]が捜査に乗り出し、国会文公委員長は、李興洙から韓柄寀に代った。「クリーンな政治、正義社会の実現」というスローガンを掲げる与党の民正党は、政策委議長[日本の自民党でいうと、政調会長に相当]や政策室長ら主要党役員5人を交代させた。

この後に起きた「手形詐欺事件」や、第5共和国(全斗煥政権)の不正腐敗をめぐる騒動のことを思えば、(事件の規模の割には)ずいぶんと大騒ぎをしたものである。

▽「解散―国民投票で、国会を再構成」

定期国会が開会した921日、許和平補佐官は、朴哲彦秘書官のところへ行った。

許和平。「5共の企画者」を自任した

「こんどの定期国会を見守り、いざとなったら来年、国会を解散して国民に信任を問う国民投票をおこない、国会を根本から構成し直す案も検討しているところです」

総選挙からまだ半年しか経っていないというのに、また、80年の「517クーデター」でおこなった反対勢力一掃のようなことを企んでいるという話だった。

許和平は、その2日後にまた、こんなことも言った。

「国会を見ていると、改革の意志や統治理念がいい加減になってきているのではないか。国会議員一人ひとりの政治傾向の分析も必要です。今年の定期国会は、傍から見ているだけにして、わざと好きなようにさせておく。そうして、果たして自律的に運営できるかどうかを見守り、それでもって国会解散の名分とすべきです。国民の意志に基づいた、強力な統治基盤をつくり上げるうえで、フランスのドゴール大統領がおこなった国民投票の例を研究してみる必要があります」(朴哲彦の証言)

そんな許和平に感化されたかのように、全斗煥大統領もいっしょになって国会に対する不信を募らせていった。

▽再号令

9月26日、全斗煥大統領は、朴哲彦秘書官を呼び、改革立法の趣旨とその広報の必要性を強調した。

「民正党の幹部ですら、改革の趣旨が十分に分かっていない」

全斗煥の督促によって、即、非常がかかった。

改革の意志と統治の理念を改めて確立せよ――

すぐにソウルのプラザホテル1770号室で対策会議が開かれた。青瓦台から崔昌潤(政務第一秘書官)と朴哲彦、民正党から事務総長[日本の自民党でいうと、幹事長に相当]の権正達、事務次長[副幹事長に相当]の尹錫順、院内総務[国会対策委員長に相当]の李鍾賛、政策委議長[政調会長に相当]の羅碩昊、政策調整室長[政調副会長に相当]の朴賢泰が出席した。

▽オリンピック誘致で転換

ところが、この2度目の「全面一掃」の企みは、あっけなく霧散した。

9月30日、ドイツ・バーデンバーデンで、ソウルへのオリンピック誘致に成功したことがその分水嶺となったのである。

スタート時点では、なんともみすぼらしかった五輪誘致活動だったが、結局のところ、「過去のあなたは小さなものであったが、未来のあなたは非常に大きくなるであろう」(旧約聖書「ヨブ記」からの引用)ということなのだろうか。いざ、五輪誘致が確定すると、このスポーツイベントは国政の最優先課題に浮上し、第5共和国の国政運営の基本方針を根本から変えていってしまったのである。

                      訳:波佐場 清