昨年末、日本の釜山総領事館前に現地の市民団体などが慰安婦問題を象徴する「少女像」を設置したことをめぐり、日本政府が「2015年末の日韓合意の精神に反する」として駐韓大使らを一時帰国させるなどの措置を取ったまま、打開の見通しが立っていない。
日本政府が強調しているのは、日韓合意で慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決される」とした点。韓国内には当初から強い反対論があったのだが、それを押し切り、その後発覚した諸疑惑でいま統治能力を失ってしまった朴槿恵大統領には唖然とするばかりだが、日本側にまったく問題がなかったと言えるのか、どうか。
そもそも、「最終的、不可逆的解決」とは何なのか。人権や歴史認識がからむこの種の問題にそのような解決というものはあり得るのか。
■日韓合意
2015年12月28日、岸田文雄外相と尹炳世外相がソウルでおこなった共同発表には、次のよう内容が含まれていた。
▽日本政府は韓国政府が設立する元慰安婦支援の財団に日本政府の予算で10億円程度を一括拠出。両政府が協力し全ての元慰安婦の名誉と尊厳の回復、癒しのための事業を実施。
▽それを前提に、今回の発表でこの問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認。
▽両政府は今後、国際社会でこの問題で互いに非難・批判することを控える。
■長引く「当面の措置」
この合意に基づいて日本政府は昨年、韓国政府が設立した財団に10億円を拠出。これによって日本政府は、日韓合意に基づく日本側の責務は果たした、としている。
一方、韓国側は、元慰安婦の一部が日本の拠出金の受け取りを拒否。また、「適切に解決されるよう努力する」と韓国側が約束した在韓日本大使館前の少女像についても日本側の求める移転は実現していない。そんなところへ、昨年末、釜山の日本総領事館前に新たに、また別の少女像が設置されてしまった。
釜山の少女像について日本政府は「合意違反」として韓国側に「早急な撤去」を申し入れ、今年1月6日、駐韓大使の一時帰国や日韓通貨スワップ協議の中断など4項目の「当面の措置」を発表。1月9日に駐韓大使が「一時帰国」したまま、「当面の措置」は2月に入っても続いている。
こうした異常な事態の背景には、朴槿恵大統領が昨年12月の弾劾訴追で職務停止となり、韓国政府が半ば機能不全状態になっていることもある。日韓合意に対する韓国民の反発の大きさを考えると、そんな合意に踏み切った大統領の判断の甘さも浮き彫りになってくる。
しかし、では、日本政府の側にまったく問題はなかった、といえるのか。
■「もう謝罪もしない」
2015年末の日韓合意の後、翌16年1月12日の衆院予算委員会で岸田外相は合意の意味合いについて次のような答弁をしていた。
「今回の合意が今までの慰安婦問題についての取り組みと決定的に違うのは、日韓両政府が史上初めて、最終的、不可逆的な解決であることを確認し、それを世界に向けてそろって明確に表明した点だと思っています」(第190回衆院予算委会議録第3号)
要するに、日韓のこれまでのやりとりとは次元の違う合意だというのである。
安倍首相自身も日韓外相による合意発表のすぐあと、朴大統領と電話で会談。その翌日(2015年12月29日)、周囲に次のように語ったという。
「今後、(韓国との関係で)この問題について一切、言わない。次の日韓首脳会談でももう触れない。そのことは電話会談でも言っておいた。昨日をもってすべて終わりだ。もう謝罪もしない」(2015年12月30日付産経新聞)
安倍首相は外相合意で示された「最終的かつ不可逆的に解決」をそのように受け止めていたわけである。しかし、それは外に向けても十分に説得力を持つといえるのか、どうか。
■「被害者中心のアプローチではない」
この日韓合意が発表されたあと、国際社会から一つの「異議申し立て」があった。昨年3月7日、国連女子差別撤廃委員会(CEDAW)が公表した日本への最終勧告(第7回及び第8回報告に対する女子差別撤廃委員会最終見解)である。
に載せられている日本語訳の「慰安婦」に関する部分(9~10ページ)を改めて読み返してみる。
ここでは、日韓合意に「留意する」とする一方で、日本政府の慰安婦問題への取り組みについて次のような点を「遺憾」としている。
(a)「慰安婦」の問題は「最終的かつ不可逆的に解決される」とする韓国との合意の発表が被害者中心のアプローチを十分に取らなかった。
(b)
「慰安婦」の中には彼女たちが蒙った深刻な人権侵害に対して公式で明白な責任の承認を得ることなく亡くなった者もいる。
(c)
その他の関係国の「慰安婦」被害者に対し、国際人権法上の義務を果たしてこなかった。
(d)
教科書から「慰安婦」の問題に関する記述を削除した。
そのうえで、日本に以下の「要請」をしている。
(a)
指導者や公職にある者が、「慰安婦」問題に対する責任を過小評価し、被害者を再び傷つけるような発言はやめるよう確保する。
(b)
被害者の救済の権利を認め、補償、満足、公的謝罪、リハビリテーションのための措置を含む、十分かつ効果的な救済及び賠償を提供する。
(c)
2015年12月に韓国と合同で発表した二国間合意の実施に当たっては、被害者・生存者の意向をしかるべく考慮し、被害者の真実、正義、賠償を求める権利を確保する。
(d)
「慰安婦」の問題を教科書に適切に組み込むとともに、歴史的事実を生徒や社会全般に客観的に伝えられるよう確保する。
(e)
被害者・生存者の真実、正義、賠償を求める権利を確保するために行われた協議やその他の措置について、次回の定期報告の中で情報提供する。
■日本政府の訴え退ける
日本に対するこの国連女子差別撤廃委員会の最終見解発表に先立ち昨年2月16日、スイス・ジュネーブで開かれた同委員会の対日審査には外務省の杉山晋輔外務審議官(当時/現外務事務次官)が直接現地に乗り込んで慰安婦問題に関する日本政府の立場を説明していた。次のような内容が含まれていた。
▽日本政府は1990年代初頭以降、慰安婦問題に関する本格的な事実調査を行ったが、日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲による「強制連行」を確認できるものはなかった。
▽「性奴隷」といった表現は事実に反する。
▽日韓外相間で、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることが確認され、日韓首脳電話会談でも、これを確認し、評価した。
▽潘基文国連事務総長を含め、国際社会は、日韓両国が合意に達したことに歓迎の意を表明していると承知している。
*詳細は外務省のHP
こうした日本政府の主張は国際社会ではさほど通じなかった。すでに見たように、国連女子差別撤廃委員会の最終見解は、「最終的かつ不可逆的に解決される」とした日韓合意について「被害者中心のアプローチを十分に取らなかった」とするなど、日本政府には極めて厳しい内容のものとなっていた。
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