コリア閑話
2026年4月24日金曜日
金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(12)
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■米 CIA 支部長の緊急電話 「 12 ・ 12 」のあの夜、米国も驚き、焦っていた。 12 月 13 日午前 3 時ごろ、米 CIA 韓国支部長のロバート・ブリュースターは全斗煥に電話をかけた。 副官の黃震夏 少佐(のちに国会議員)が受話器を取った。 黄震夏...
2026年4月21日火曜日
金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(11)
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■「これ、内乱ではないか?」 「 12 ・ 12 反乱」の夜だった。 崔圭夏大統領の指示で内閣改造案をまとめた 申鉉碻 総理は午後8時ごろ、三清洞の総理公邸へと向かった。崔大統領はまだ青瓦台に入らず、総理公邸にいた。それで、申総理は自宅から通勤していた [1979 ...
2026年4月18日土曜日
金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(10)
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■「全斗煥を軍法会議にかけろ」 1979 年の「 12 ・ 12 」事態は軍事反乱であると究明された。 大法院 [ 日本の最高裁に相当 ] で確定した裁判結果( 1997 年)でもある。 しかし、第 5 共和国政権と全斗煥をありのままに正しく理解するには...
2026年4月15日水曜日
金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(9)
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第2章 反乱軍のピンチ、そしてチャンス ■南侵トンネル発見 第 1 師団長時代の全斗煥にとってラッキーだったことの一つに、南侵トンネルの発見がある。 北朝鮮が休戦ライン一帯でトンネルを掘っているという話が、逮捕されたスパイの口から出てきた。それで、全斗煥がその...
2026年4月10日金曜日
金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(8)
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■車智澈と盧泰愚への、おせっかい 全斗煥の世話焼きのおかげで盧泰愚は、ベトナム派遣が決まった全斗煥から陸軍参謀総長の首席副官というポストを引き継ぐことになった。 全斗煥はベトナム派遣中、朴正煕大統領から情愛たっぷりの直筆の慰問の手紙をたびたび受け取っていた。 1971...
2026年4月7日火曜日
金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(7)
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■首都警備司令官しのぐ権勢 大隊長の全斗煥は引き下がらなかった。 堂々と大きな態度で、時の実力者である朴鐘圭警護室長のもとを訪ねていった。朴正煕大統領を後ろ盾に持つ全斗煥中佐は、朴鐘圭に兄貴分のように仕えていた。遠慮することなど、なかった。尹必鏞事件のとばっちりで、あわや...
2026年4月4日土曜日
金忠植『5共 南山の部長たち』/韓国民主化40年(6)
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■「5・ 16 」助けた支持デモ 1961 年、朴正煕が「 5 ・ 16 クーデター」を起こした。 朴正煕や金鍾泌らが、張勉政権を 3600 人の軍人と戦車でひっくり返した。しかし、米軍の反発や李翰林第 1 軍司令官らの抵抗で、成功するかどうか不透明だった。まかり間...
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