文在寅大統領が朝鮮半島平和構想「ベルリン宣言」(2017年7月6日)を発する1週間前、ワシントンで米韓首脳会談があった。
ベルリンで演説する文在寅大統領=青瓦台HPより |
ここで文大統領は「北朝鮮に対する制裁は外交的手段であって、平和的に朝鮮半島の非核化を実現する」「当面する危機を打開するうえからも南北関係の改善が重要」という点で米韓が一致したとし、こう主張した。
<中断していた朝鮮半島平和プロセスを再開する基本条件が整ったのです>
「朝鮮半島平和プロセス」とは、米国、日本など周辺国と協力しながら包括的なアプローチで朝鮮半島に残る冷戦構造をなくし、平和を定着させようという構想だ。1990年代末、金大中政権で着手し、続く盧武鉉政権にかけて推進された。朝鮮半島の非核化はもとより米朝、日朝の国交正常化プランもそこには組み込まれていた。
ベルリン宣言は、そんな平和プロセスの再開に向けて、具体的な「政策方向」も指し示していた。
■2つの首脳宣言文に立ち返る
まず、平和の定着。「我々が求めるのはひたすら平和である」とし、「核と戦争の脅威がなく、南北が互いに認め合い、共に良く暮らしていける道を我々は知っている」として、こう述べた。
<「6・15共同宣言」と「10・4首脳宣言」に立ち返ることです。
南と北は、この2つの宣言で南北問題の主人は我が民族であることを明らかにし、朝鮮半島の緊張緩和と平和の保障へ緊密に協力することを約束しました>
「6・15共同宣言」は2000年の第1回首脳会談(金大中―金正日会談)、「10・4首脳宣言」は07年の第2回首脳会談(盧武鉉―金正日会談)でそれぞれ発せられた宣言である。文在寅大統領は、そこに立ち返ろうというのである。
■「わが民族同士」で「自主的に」
朝鮮半島分断下、南北首脳会談の最大のテーマは当然のことながら、国の統一問題になる。過去2回の首脳会談で出された宣言はまず、この問題を真っ先に取り上げていた。
◇「6・15共同宣言」
一、南と北は、国の統一問題をその主人であるわが民族同士、お互いに力を合わせ自主的に解決していくことにした。
二、南と北は、国の統一のための南側の連合制案と北側の低い段階の連邦制案が互いに共通性があると認め、こんごこの方向から統一を指向していくことにした。
◇「10・4首脳宣言」
一、南と北は6・15共同宣言を固守し、積極的に具現していく。
南と北は、「わが民族同士」の精神にしたがって統一問題を自主的に解決し、民族の尊厳と利益を重視し、すべてをこれに指向させていくことにした。…
これは何を意味するのか。
統一問題を「わが民族同士」で「自主的に解決」するとしたのは、それが自らの問題であることを考えると、当然だろう。そのうえで、双方、それぞれの統一案をすり合わせているのである。
■連合制と連邦制
韓国の統一案は「民族共同体統一案」といわれる。民主化後の1989年、盧泰愚政権で示され、続く金泳三政権で一部修正が加えられて今の統一案となった。三段階で統一を目指す、としている。
第1段階は、南北が互いの体制を認め合い、共存共栄へ交流協力を進める。第2段階は南北連合(2体制、2政府)。ここで南北の経済・社会共同体を成熟させ、事実上の統一状況をつくり出す。第3段階では、南北で総選挙をおこない、「1体制、1国家」を実現する、としている。
念頭にあるのは欧州の統合。欧州ではECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)→EEC(欧州経済共同体)→EC(欧州共同体)をへて現在のEU(欧州連合)に至り、将来の理念として政治統合を描いている。それを手本に当面、南北共存で共同体→連合に進もうというのである。
対する北朝鮮は連邦制の統一案。南北を地域政府としてそれぞれの思想と体制をそのまま残し、中央に連邦政府を置こうという「1国家、2制度」の統一案だ。1980年に打ち出したあと91年、「暫定的に地域政府により多くの権限を付与できる」(金日成主席の「新年の辞」)と柔軟性をみせた。
首脳会談で双方、統一案をすり合わせた結果、統一を急がないことを確認しあったわけである。
■「統一は民族共同体回復の過程」
実際、第1回の首脳会談では、両首脳間で次のようなやりとりがあった。金大中大統領の最側近としてこの首脳会談に立ち会った林東源・元統一相は回顧録でこう書いている。
金正日委員長 金大中大統領は、完全統一には10~20年かかると言っているそうですが、わたしは完全統一にはこの先40年とか、50年がかかると思っています。そしてわたしが言いたいのは、連邦制でいきなり統一しようというのではありません。それは冷戦時代にしていた話です。わたしの言う「低い段階の連邦制」というのは南側の主張する「連合制」のように、軍事権と外交権を南と北の2つの政府がそれぞれ持ち、漸進的に統一を進めようという概念です。
金大中大統領 統一案はこの場で合意できる性質のものではありません。わたしたちが主張する「南北連合制」と、北側の「低い段階の連邦制」について、こんご引き続き論議することで合意すれば、いいでしょう。
(『南北首脳会談への道 林東源回顧録』波佐場清訳、岩波書店)
文在寅大統領はベルリン宣言の中で、次のようにも述べていた。
<我々は北の崩壊を望まず、どのような形の吸収統一も推進しません。人為的な統一を追求することもないでしょう。
統一は双方、共存共栄しながら民族共同体を回復していく過程です。統一は平和が定着すれば、いつかは南北間の合意によって自然と成されていくのです>
ここで示された「統一は民族共同体を回復していく過程だ」とする考えは、「法的な統一」に先立ってまず、「事実上の統一状況」をつくっていこうとした金大中政権から盧武鉉政権にかけての統一政策と軌を一にしている。
■地殻変動の予感
過去2度の南北首脳会談で出された2つの宣言文は、統一問題のほかにも南北間の交流・協力など多様な問題に触れている。とくに「10・4首脳宣言」は、南北間で軍事的敵対関係を終わらせて緊張緩和をはかる問題や休戦体制を平和体制に移行させる問題につても具体的に書き込んでいる。
文大統領がそこに立ち返るとした2つの宣言文は、北朝鮮にとっても格別な重みを持つ。北朝鮮の体制にあって絶対的な存在である最高首脳自らがサインした文書だからだ。実際、北朝鮮は「6・15共同宣言」を「統一大綱」、「10・4首脳宣言」をその「実践綱領」と位置付け、この間、李明博、朴槿恵政権と続いた韓国の保守政権に対しても、しばしばその実行を迫っていた。
2つの宣言文重視の姿勢は、南北間でいま、一致しているといっていい。4月27日の南北首脳会談で文在寅大統領と金正恩委員長がそれを共通の羅針盤として確認し合ったとしてもおかしくはない。その後に続く米朝首脳会談の行方や中国の出方にもよるが、朝鮮半島の当事者である南北が実際に動き出せば、冷戦構造がこびりつく北東アジアに大きな地殻変動を呼び込むことになるだろう。(波佐場 清)