林東源・元統一相 |
北東アジア情勢は緊張を孕み、複雑な様相を見せている。この地域に平和をもたらすにはどうしたらいいのか。
韓国の金大中政権下、大統領の右腕として初の南北首脳会談に道を開くなど、果敢な平和政策を推し進めた林東源・元統一相が今年7月6日、名古屋で開かれたNPO法人・三千里鐵道主催の集会で、「北東アジア平和への韓国の課題」と題する講演をおこなった。2000年の南北首脳会談の「6・15共同宣言」14周年を記念する集会だった。
講演の内容を以下に掲載する。立命館大学コリア研究センターの波佐場清・上席研究員が翻訳した。
■転換期の北東アジア
日本の安倍内閣は憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を決めました。日本は「戦争をしない国」「戦争に加担、協力しない国」から、「海外で武力を行使する国」「戦争できる国」に変わることになったのです。
これによって日本と中国の関係はますます緊張し、民族主義の感情が高まって北東アジアにおける安全保障上の不安と軍備競争の加速化が憂慮されます。一方で、そんな日本との間で歴史と領土の問題を抱えた中国の習近平国家主席が韓国を訪問し、朴槿恵大統領との間で、共同声明では明示されなかったものの、日本の右傾化に対する共同対応の問題などを話し合いました。
東アジアは激動の時期を迎えています。過去30余年間にわたって高度経済成長を続けてきた中国が米国とともに2大経済大国として浮上してきています。中国のGDPは2020年ごろには米国を追い越すだろうと展望されてもいます。経済力の拡大は軍事力の増強を伴うとみられ、国際的な影響力も強めていくでしょう。
米国が唯一の超大国として国際秩序を仕切っていた時代は過ぎ去ろうとしています。過大な軍事拡張による米国経済の衰退が国力の相対的衰退を招いたのです。とはいえ、米国はまだ相当の期間、軍事、科学技術、文化の分野で中国に対して相対的な優位を維持していくとみられます。
米国は2012年ごろから経済の再建と覇権の再構築へ「アジア回帰」を宣言し、アジア太平洋地域重視の「リバランス戦略」を推進し始めました。安全保障面では同盟の強化で中国の軍事的膨張の可能性を牽制し、経済面では環太平洋経済連携協定(TPP)の締結によって自らの利益を確保するとともに中国の影響力の拡張を遮断し、覇権を維持しようとしているのです。
このようなリバランス戦略の中心に据えられているのが、核心的なパートナーである日本との同盟の強化です。厳しい財政難に喘ぐ米国は、日本を押し立てて中国の海洋進出を監視・牽制しようとしており、日本の軍備増強と集団的自衛権の行使を支持しています。米国のリバランス政策で勢いづく安倍首相とその支持勢力は平和憲法の改定を推進する一方で、過去60年間にわたって維持してきた専守防衛の原則を棄て、集団的自衛権の行使と再武装を推進しています。このような状況を背景に安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を唱え、靖国神社参拝でナショナリズムを煽り、歴史修正主義を際立たせて領土紛争を激化させています。そんな中、一方で、平和を愛する日本国民とアジアの人々の間には平和憲法の改定に反対する声がしだいに高まってきています。
いま指摘した米中2大強国という構図は冷戦の復活とは性格が異なるといえます。かつての米ソ冷戦は、両陣営間を「鉄のカーテン」で仕切り、経済や文化などあらゆる面が断絶する中で、イデオロギー対決と核兵器競争、軍事的拡張が極大化したのが特徴でした。いま、米中の戦略的関係はこれとは違い、経済や文化の分野では平和的競争と協力を維持する一方で、政治と軍事の面では互いに牽制しあうという様相を見せています。
中国は米国との間で、新しい形の大国関係の樹立を主張しています。歴史的に見るとき、既存の覇権強大国と浮上する新生強大国間には摩擦や衝突が生じ、行き着くところ、戦争を招いたりもしてきました。中国が主張する「新型大国関係」というのは超大国である米国と新生大国の中国が互いに相手方の核心的な利益を侵害せず、協力しながら平和的に共同繁栄を追求する関係に発展させていこうというものです。過去の失敗に学び、「ウィン——ウィン」の新しいモデルをつくろうというもののように見えます。中国は米国との軍備競争、武力衝突、そして戦争を回避しようとしているのです。ただ、米国の軍事的な脅威に対抗するうえで必要な先端兵器の開発は推進するという立場のようです。
ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官はその著書『On China』(日本語訳「キッシンジャー回想録 中国」=岩波書店)の中で、米中関係は勝ち負けのゲームになってはいけない、と警告しています。「米国と中国は互いに、相手方によって支配されるにはあまりにも巨大すぎる大国であり、経済強国だ。戦争や冷戦時代のような形の紛争においてはどちらも勝利者にはなれない。…相互補完的な利益を追求し、共同の繁栄と発展を図るべきだ」として「共進化(co-evolution)」論を唱えています。彼は米国の反中国ブロック形成の企図は成功しないだろうといい、太平洋共同体の形成を主張しています。
協力的な米中関係は北東アジアにとって祝福となるでしょうが、対決的な米中関係は災いをもたらし得ます。米国、日本と中国の間が互いにとって脅威であり対決は避けられない、と誇張し、歪んだ判断によって不信と葛藤を深め、不幸な事態をもたらすようなことがあってはなりません。そのような事態を予防するためには、この地域で、安全保障面で協力しあう平和共同体の形成が緊要だと言えます。
■転換期の韓国の立場
北東アジアの平和に向けた韓国の課題としては何よりもまず、この激動の時期に対処するうえで正しい立場と戦略をとることです。韓国には二通りの考え方があります。一つは歴史的にみて、中国が強大化すれば、朝鮮半島の地政学的地位からいって脅威になるとするもので、従来の韓米同盟を引き続き維持強化すべきだという立場です。もう一つは、誇張された中国脅威論に取り込まれず、中国の浮上を現実のものとして受け入れて米国とともに、中国とも良い関係を維持していくべきだという立場です。
韓国と中国の間の貿易規模は、韓米・韓日間の貿易規模を合わせた額よりも多くなっています。そして、対中貿易の黒字が韓国の貿易赤字を埋め合わせてもいるのが現状です。韓中間の貿易と経済協力は引き続き増加傾向にあり、中国はすでに韓国にとっては切り離せない最も重要な貿易パートナーとなっているのです。それだけではなく、中国の北朝鮮に対する影響力の大きさや安全保障面における中国の重みを考えるとき、韓国にとって中国の重要度はますます高まっていくでしょう。
韓国はまた、米中両大国の間にあってどちらの側につくかという選択を迫られる立場に置かれているともいえますが、現実はすでに、「韓米同盟を維持しつつ、韓中間は戦略的協力パートナー」という局面に入っています。米中のうちのどちらかという二者択一ではなく、バランスを保とうというのです。韓米同盟が中国を脅かすものであってはならず、また、中国との協力関係が米国を排斥するものであってもいけないという立場です。また、韓国は安全保障の自律性を高め、バランス外交で国益を高める一方で、米中両国間の葛藤の解消にも寄与していこうというものです。これは朝鮮半島はもとより北東アジアに安定と平和をもたらす道となるでしょう。
■朝鮮半島における平和体制の構築
北東アジアの平和に向けての韓国の最も重要な役割は、朝鮮半島で平和体制を構築することです。朝鮮半島の平和なしには、北東アジアの平和は保障できません。
朝鮮戦争の砲声が止んで60年になりますが、戦争はまだ終わってはいません。軍事休戦体制下で引き続き敵対関係を維持しているのが朝鮮半島の悲しい現実なのです。米国、中国、日本、ロシアと南、北は、6者協議の「9.19共同声明」(2005年)で、関連当事国(米国、中国、南、北)間の平和会談を約束し合いました。この約束にしたがって関連の4者は平和会談を開き、いまの休戦体制を平和体制に転換していかなければなりません。韓国が、北と力を合わせて平和会談の開催を推進し、主導していかなければならないのです。そのためには閉塞した局面にある南北関係をまず改善しなければなりません。南と北は「6.15共同宣言」(2000年)の順守と実行を再確認して交流と協力を活発化させ、相互の信頼を確かめ合っていかなければなりません。「核問題の解決をまず先行させ、その後で平和を」というのではなく、両者を並行して進めるべきなのです。
4者による平和会談では、朝鮮半島の平和を保障するために、例えば、南北の対決と米朝敵対の関係を解消して関係正常化と非核化を進める▽政治軍事的信頼構築と軍備削減に取り組む▽外国軍の問題の解決をはかる————といった実質的な措置を取っていくべきです。そんな平和プロセスを通して冷戦構造を清算し、朝鮮半島に平和体制を構築していくべきなのです。
朝鮮半島の問題が米中間の葛藤と紛争の種にならないようにしなければなりません。そのためにも休戦体制を平和体制に転換する努力を急がなければなりません。朝鮮半島に平和体制を構築することによって北東アジアにおける平和共同体づくりに貢献できるのです。
■平和共同体
韓国は、北東アジアの平和と安定に向け、地域の平和共同体づくりで先頭に立たなければなりません。米国と中国が共に韓国との協力を必要としている現状況にあって、韓国は米中間の架橋の役割を果たせるでしょう。まず、韓米日3国と北朝鮮の関係改善が緊要です。そのような意味から言って、このところの日朝の関係改善への努力を評価し、いい結果がもたらされることを期待しています。
地域の平和共同体づくりに向けてはこの間、様ざまな談論が提起されてきました。北朝鮮の核問題を扱ってきた6者協議を母体に、必要に応じてそれを広げていけばいいという主張もその一つです。政治軍事的な信頼構築を推進し、潜在的な葛藤と軍事的緊張の要因をなくして共同の安全保障を実現する一方で、経済、通商、環境、テロ、国際犯罪などを網羅する包括的な地域協力の平和共同体が望ましいでしょう。
韓国の朴槿恵政権は、「北東アジア平和協力構想」を唱えています。まず域内国家が環境、災害救助、原子力安全、テロ対策など、協力が容易な問題から取り組み、対話と協力を通して信頼を積み重ねながら協力の範囲を広め、いずれ欧州安全保障協力機構(OSCE)のような強固な多者間の協力体に発展させていこうという構想です。まず参加国すべてが受け入れやすい分野から始めようというのは理にかなっていると言えましょう。
■北東アジア3国の協力
韓中日の3国は歴史的にも地理的にも非常に密接で近しくするほかない間柄にあります。北東アジアは躍動的な経済圏として登場してきており、世界経済の成長を牽引する主役として共同の繁栄を先導するチャンスを迎えています。3国は葛藤と対立でなく、協力を通して共同の繁栄と発展を目指していかなければなりません。韓国は日本と中国の間にあって促進者の役割を担うべきでしょう。
韓中日の3国はこの間、定例化してきた3国首脳会談をうまく運営し、そのもとで2011年秋にソウルに置かれた3国協力事務局を活性化し、共同の関心事を話し合いで解決していかなければなりません。経済分野における3国の協力関係を強化し、国民交流と文化交流を進め、歴史や領土、域内安保、外交葛藤の問題を話し合いの中で克服していかなければなりません。今はまず、韓日関係から早急に回復させていくことが緊要です。
韓国と日本は米国の同盟国ですが、いまは米中関係を安定させる方向で貢献していくことが、みんなの利益になるでしょう。韓国と日本は力を合わせ、政治的には米中間で架橋の役割を果たし、経済的には北東アジア経済共同体づくりを主導すべきです。そうして北東アジア安保協力の平和共同体づくりを先導するのがこの地域の平和と繁栄のための道となるでしょう。
最後に、日本の平和憲法第9条に関連して一言申し上げようと思います。植民地支配と侵略戦争を経験したアジアの人々にとってこの第9条は、過去の歴史に対する反省と、過ちを繰り返すまいとする戦後日本国民の真摯な決意として受け止められてきました。第9条は、日本がアジアの人々に信頼され、愛されるうえでの資産となってきたのは事実なのです。
いま平和憲法の第9条を変えようとする動きに対して、平和と安定にとって脅威になるとの憂慮が広がっています。日本自ら過去を正しく認識し、謙虚に反省しようという決断が不足しているのではないかという疑念も持たれています。
東アジアの平和に向けての日本の役割は非常に重要です。日本はまず平和憲法の第9条を守ることで自らの安全保障はもちろん、北東アジアの平和と安定にも寄与できるのです。平和を愛するアジアの人々は日本が「平和主義を貫いて国際社会に貢献する国」になることを切に願っています。
平和憲法第9条を守ろうという道徳的勇気を持ってたたかっている多くの平和を愛好する日本の民主市民に敬意を表し、激励の拍手を送りたいと思います。
《略歴》イム・ドンウォン 1933年平安北道生まれ。韓国陸軍士官学校、ソウル大卒。80年陸軍少将として予備役編入。駐オーストラリア大使。盧泰愚政権下で南北高位級会談代表。金大中政権下で大統領外交安保首席秘書官、統一相、国家情報院長など。著書に『피스메이커(Peace-maker)』(중앙books)=日本語版『南北首脳会談への道』(波佐場清訳、岩波書店)http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-024163-2 /英語版『PEACEMAKER』(米スタンフォード大学アジア太平洋研究センター)=など。